第135話 耐え難きを耐え、忍び難きを忍び

文字数 1,050文字

「モヤ。感慨深いよ」
「ほんとだね」

 第三十三番札所 高福山 幸福院 雪蹊寺

 昭和の禅僧、山本玄峰さんの『玄峰塔』がある

 眼がほとんど視えないのに、お遍路を七回

 裸足で

 ホンモノだよ

 そうしてね、この言葉

「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」

 大戦の終戦を告げるためのこの文言ほど日本人の根本を示すものはないと思うよ

 そしてわたしは並び称す

「なるかんにんはたれもする ならぬかんにんするのこそ まことのかんにんとみなさんよ」

 恩人のこの言葉がね

 まったくもって重なるんだよ

 昭和天皇陛下さまが、『戦に斃れたひとたちを遍く極楽往生させたいのです』という大願をお持ちになり、そのお手伝いをしたのが玄峰さんの示唆した

 耐え難きを耐え、忍び難きを忍び

 同じく昭和天皇陛下さまの艱難辛苦の時代を共にした恩人は

 なるかんにんはたれもする ならぬかんにんするのこそ

 ご縁というほかはないよね

「わ、観て観て!」

 わたしたちが参拝を終えた後ろの方で大学生ぐらいの男子と女子とがスマホの画面をふたりで覗いてる
 
 凍る大陸の戦争

「どうしよう。戦争、まだ続くって」
「大丈夫だよ。日本は経済だけだよ」

 モヤがふたりのところにゆっくり歩いていった

 白のハイヒールで地面を突き刺しながら

「ねえ。あなたたち、恋人?」
「え?は、はい」

 男子がモヤの強面の顔にビビっただけでなくておそらくは美貌の余りにそれを凛々しさに変えているその容姿に動揺していることを彼女に悟られないように無理やり顔をこわばらせて答えるのに向かって真正面から告げた

「もし赤紙が来たらどうする?」
「え」
「あの…赤紙って?」

 訊く女子にモヤがコンマ以下の秒数で返す

「国のために、死んで」
「あ、ああ…なんか歴史文庫の背表紙にそんなのがあったような」
「死ねる?」
「まあしょうがないですよね、僕は男なんで」

 男子は女子に威厳を示そうと答える

 けれどもモヤは本質を伝えた

「男女関係ないよ今の世なら。ねえ彼女。あなた、死ねる?」
「えっ、えっ」
「死ねる?」
「す、すみません。僕ら急ぐので」

 わたしも逃さなかったよ

「彼氏さん」
「は、はい?まだ何か?」
「彼女が妊娠してたらどうする?」
「え?」
「妊娠してたらどうする?」
「…妊婦を兵士にするような非常識はしないでしょう」
「彼氏さん」

 わたしはね、彼女と彼氏のちょうど並んで立ってる間の隙間のね

 虚空を観て言った

「大戦の時よりも官位ある人たちの人間としての常識が壊れてしまってる」
「!」
「そう思いませんか?」

 ふたりとも、涙目になって歩き出した
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