第89話 キュンとするのは胸!
文字数 1,208文字
ああ
なんでこんなに眠いんだろう?
うつ病のわたしだから早朝覚醒はもう受け入れるしかないかなって思ってて、だけど今日のこの午後に入ってからの言夢 のお母さんと一緒に晩御飯のシチューを作ってる今のこの眠気はなんだかあたたかくて心地よくて
「捨無 ちゃん。少し横になってきたら?夕べも余り眠れなかったのでしょ?」
「大丈夫です、お母さま。ちょっと、ふっ、てしただけですから」
「おいおいシャム。調理中に危ないなあ」
「ゲンム。あなたも手伝いなさい」
「お母さん。わたしが手出ししたら却って不味いでしょ?」
だから口だけ出すのだという。
おだやかな午後。
絵に描いたような、っていうのはこういう状況なんだろうな。
「あの、訊いてもいいですか?」
「なに?シャムちゃん?」
「お父さまとはどこで知り合われたんですか?」
「あら」
それからゲンムのお母さんはあらあらあらと三回繰り返した。
「お?お母さん、焦ってる焦ってる!」
「ゲ、ゲンム!わたしの手がふさがってるからって手話で囃し立てないで?」
そう言いながらもゲンムのお母さんはシチューだというのに焦りまくって玉ねぎをみじん切りしながらもあっさりと白状してくれた。
「コンサート会場だったのよ。初めての出会いは」
「コンサート?何の?」
「『デスメタル10バンド悪夢の狂宴』」
…訊かない方がよかったのかな?
「とても狭いライブハウスでね。収容人数スタンディングで100人のところ300人は入ってたわ」
「ま、まあ、人の趣味にああだこうだ言わないけど、ふたりで観に行ったの?」
「ううん。違うわ。客と演奏する側よ」
「え!ま、まさかお父さんがデスメタルバンドを!?」
「ううん。わたしだけど」
『死吐露胃・精神 』っていうハードコア・パンクの要素も盛り込んだメタルバンドだったらしい。しかもゲンムのお母さんがギボのフロント・パーソンで代表曲が『チキン・ブッチャーズ』というミッシェルガン・エレファントの名盤『チキン・ゾンビーズ』をもじったタイトルで詩・曲ともにゲンムのお母さんが手がけたという。
「ちょうどわたしたちのバンドがトリでね。あら、チキンだからトリだなんてちょっと美味い具合ね」
「いや、不味いと思うけど」
「シャムちゃんはそんな風に思わないわよね?」
「いえ、今日ばかりはゲンムに同意です」
「あら、まあ。まあ、いいわ。とにかくトリでアンコールが客席からかかったのよね。その時大声で曲名を叫んだのがお父さんだったのよ」
「へ、へえ…なんて曲?」
「『オマエの心臓をボクにくれ』って曲」
「…『ハート』じゃなくて『心臓』なの…?」
「あらだって。ハートって概念的なものでしょう?心臓は肉の塊そのものだからそれで合ってるのよ」
決して驚くことをしないゲンムの表情筋がツったみたいな顔をしていたので、わたしはもう少し虐めてみたくなって、ゲンムのお母さんに見えないようにゲンムに手話で囁きかけた。
「ニワトリの子はニワトリだね」
なんでこんなに眠いんだろう?
うつ病のわたしだから早朝覚醒はもう受け入れるしかないかなって思ってて、だけど今日のこの午後に入ってからの
「
「大丈夫です、お母さま。ちょっと、ふっ、てしただけですから」
「おいおいシャム。調理中に危ないなあ」
「ゲンム。あなたも手伝いなさい」
「お母さん。わたしが手出ししたら却って不味いでしょ?」
だから口だけ出すのだという。
おだやかな午後。
絵に描いたような、っていうのはこういう状況なんだろうな。
「あの、訊いてもいいですか?」
「なに?シャムちゃん?」
「お父さまとはどこで知り合われたんですか?」
「あら」
それからゲンムのお母さんはあらあらあらと三回繰り返した。
「お?お母さん、焦ってる焦ってる!」
「ゲ、ゲンム!わたしの手がふさがってるからって手話で囃し立てないで?」
そう言いながらもゲンムのお母さんはシチューだというのに焦りまくって玉ねぎをみじん切りしながらもあっさりと白状してくれた。
「コンサート会場だったのよ。初めての出会いは」
「コンサート?何の?」
「『デスメタル10バンド悪夢の狂宴』」
…訊かない方がよかったのかな?
「とても狭いライブハウスでね。収容人数スタンディングで100人のところ300人は入ってたわ」
「ま、まあ、人の趣味にああだこうだ言わないけど、ふたりで観に行ったの?」
「ううん。違うわ。客と演奏する側よ」
「え!ま、まさかお父さんがデスメタルバンドを!?」
「ううん。わたしだけど」
『
「ちょうどわたしたちのバンドがトリでね。あら、チキンだからトリだなんてちょっと美味い具合ね」
「いや、不味いと思うけど」
「シャムちゃんはそんな風に思わないわよね?」
「いえ、今日ばかりはゲンムに同意です」
「あら、まあ。まあ、いいわ。とにかくトリでアンコールが客席からかかったのよね。その時大声で曲名を叫んだのがお父さんだったのよ」
「へ、へえ…なんて曲?」
「『オマエの心臓をボクにくれ』って曲」
「…『ハート』じゃなくて『心臓』なの…?」
「あらだって。ハートって概念的なものでしょう?心臓は肉の塊そのものだからそれで合ってるのよ」
決して驚くことをしないゲンムの表情筋がツったみたいな顔をしていたので、わたしはもう少し虐めてみたくなって、ゲンムのお母さんに見えないようにゲンムに手話で囁きかけた。
「ニワトリの子はニワトリだね」