第218話 小説まことを書かずして何がまことを書けるのか

文字数 1,802文字

 高野山へは高速でなくて一般道で行くことにしたよ

 モヤもシャムとわたしに長らく付き合ってくれたお陰で色々と予定があるみたい

「ギャランで行くことは変わりがないけれどなんていうか すっ と着いちゃいけないような気がして」


 わかるよモヤ

「『シャムが生きてたら行きたかったろうな』そうだよね ところでゲンムは四国八十八ヶ所以外にどこかへ参拝したことあるの?『いやない お伊勢参りもしたことない』そっか モヤは? もちろん先達ドライバーだから八十八ヶ所は当然だけどお伊勢さまは それから出雲大社とかは?」
「ううん ないね」
「お参りしたいとか思わないの?」
「ミコ わかるでしょ?人間には制約条件があるっていうことを シャムだって八十八ヶ所は過去世でもお参りしたことなくてだから今世で是非ともお参りしたいって思ったんでしょう? 自分の今いる場所を躊躇せずに離れて気軽にあちこち行けることはものすごく恵まれた境遇だよ」
「そっか 確かにそうだね ところでモヤ ギャランの車検てどこで受けるの?」
「広島」

 モヤにはほんとうにシャム共々世話になって仮に寄り道が北海道だったとしても行くつもりだったぐらいだからむしろ広島ならばちょうどいいぐらいだろうと思った

「広島のその整備工場は知り合い?」
「うん このギャランをチューンしてくれたところなんだよね」
「『なるほどな これだけイジってあれば確かにその大元のところでやって貰わないとめんどくさいわな』ほんとだね わたしもゲンムと同じ」
「あとはね 広島はわたしが定期的に行きたい場所でもあるから」

 瀬戸大橋を渡り広島に着いたのは夜になった

 定宿にしてるっていうビジネスホテルにチェックインする前にゲンムはどうしても先に寄りたいと言った

 原爆ドームに

「『シャムがな 過去世で書いた小説のシーンに原爆ドームが出てくるんだよ やっぱり夜 っていうか深夜にな ちょうど元号が変わるっていうその日付変更の時間帯でな で、ミコ』なに『頼みがある』?なに?『踊ってくれないか』」

 踊った

 モヤがギャランを原爆ドームの正面に停めてエンジンをかけたままヘッドライトをハイビームにしてまるでスポットライトみたいにして

 カーステで流したのはGeinoh Yamashirogumiの'Kaneda'

 ゲンムのオーダーは『ウズメのように踊れ』

 シャムの小説ではホンモノの厨二病のヒロインが踊ったらしい

 わたしは5歳でシャムの過去世のねじ込みがなかったら厨二病の概念は正直あまりよくわからないけれども シャムの解釈がそのまま流れこんできたその定義づけによると

 ホンキの人間のことらしい

 世では揶揄する言葉のように使われるけれどもシャムのその記憶の断片を繋ぎ合わせてみると いにしえの聖賢豪傑は全員厨二病だったのではないかと思える

 ご無礼を承知の上で敢えて仮説するならば

 弘法大師さまは究極の中二病であらせられたのではないかと想う

 虚空蔵求聞持法

 これを誠心誠意まことのこととして実際に命を懸けて行動するために必要なのは学でも智でもなく

 感性

 もはやインスピレーションの芸術の世界

 音楽

 アニメ

 漫画

 日本画

 小説

 芸術は作曲ソフトや動画のマニピュレーションや液晶タブレットや投稿サイトのファイルフォルダでもなければプロットでも構成などではなく

 実践

 実戦

 永遠の予行演習ではなくって

 たとえば本を読めばそれによって行動に移せるだけの言葉の力がなくてはならない

 だからシャムの感性がわたしはとてもよくわかる

 振り返って

 今日一日を

 あなたは思考においていくつもの言語を脳内で組み合わせてあたかも自分がそれを選んでいるように思えるけれども

 現実に足の筋肉を動かし

 連動して手を誰かに差し伸べる時

 パルスとして最後の最後の電気信号での決定を下しているのは

 単語

 短く できる限り反応速度が速くなるような強い単語

 わたしが今こうして5歳のカラダをまるでそのヒロインの10代半ばのエロティックでさえある足指を

 親指を ぴん と上向きに上げるようにしてステップを踏んで

 ふくらはぎを曲線でなく極めて直線に近い形状にして伸ばし切るようにターンするのは

 わたしの中二病

 わたしの感性

 わたしの激情

 5歳だろうがなんだろうが

 わたしはまったくもってその原爆を投下した兵器に対して

 勝たんとして踊っている

 いいえ

 わたしは勝った

 
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