第222話 どうせ苦労の人生ならばとことんの艱難辛苦を!

文字数 2,293文字

 ギャランの車検も終わり暴力団も改心させ残るところは我心をなにがなんでも押し通すもうひとりの人間でしかないその統治者まがいを縄で絡め取り剣で悪心を斬ってでも自然な流れへと誘わねばならぬもの


 おそろしや

 なぜこんなことを考えたかというとわたしたちが広島を経って高野山にたどり着くまでの間にシャムの本願をなんとしても確定させてお遍路の結願を報告しないといけないから

 もひとつ遡ってそれがどうしてかというと世がほぼ滅ぼされようとしているから

 さらに本質を言うとそれを全員分かっていながらスルーし続けるから

 上も下も

 ファミレスで作戦会議をした


「『ミコの同時通訳で話すのもやりづらいんだよな』あらじゃあどうする?」
「わたしは筆談でもいいよ いやLINE談か」
「ゲンム なんとか母音だけでも出せない?『ごめん無理だ』そっか じゃあこうしようか」

 わたしは紙ナプキンを一枚テーブルのスタンドから抜き取ってきれいに3人の前に広げる

 いろは歌を書いた

「ゲンム 10円玉貸して『無い 完全キャッシュレスにしてる』そっか じゃあモヤ 10円玉貸して」
「いいけど これって」

 直接シャムと話せばいい

 音すらなくともココロでもって

「じゃあいくよ シャム シャム あなたは何番目のシャムですか?」
「やり方違う ていうか幼稚園でそんなの流行ってるの?」
「うんわたしの‘トキャケ組さん’だけね わたしがはやらせた そっか シャムっていう特定の御霊だから何番目とかいいんだね」

 もう動き出した

 み こ は じ め ま し て
 こ こ ろ で は は な し て た け ど ね

「わ!すごい!シャムよろしくね」

 も や あ り が と う
 ぶ じ し こ く を ま わ れ て に ほ ん を す く え た の は あ な た の お か げ

「こちらこそだよシャム もうじき高野山だよ」

 モヤは嗚咽を堪えてる

 げ ん む
 げ ん む

 なんだよ

「あ…なるほど…」

 モヤがそのシャムとゲンムの10円玉による会話を見つめながら得心している間にも言葉が紡がれる

 ある意味手話よりも自由な会話


 げ ん む
 あ い た か っ た

 わたしは
 あいたくなかった

 ど う し て

 だってこんなやりとりできるってことは
 しゃむはもうげんせのにんげんじゃないってことのしょうめいじゃないか

 ご め ん ね

 うるさい


 表に平等院鳳凰堂の刻まれた10円玉を介したわたしたちの会話はひょっとしたらこれこそが健常と呼ばれようが障害と呼ばれようがココロでもって触れ合うという最もバリアフリーの話し方ではないだろうかね

 ほんとうの平等なんじゃないだろうかね

 会議のためのやりとりでありながらわたしたちは楽しみながら議事を進めた

「シャム シャムは毛虫となってツバメに喰われて鳥と一心同体になって隣国の核兵器庫を無力化したわけだけど それで終わってないよな」
「そうだね ゲンムの言うとおりだね そのまた隣の国が日本を狙ってる ううん隣の国じゃなく君主でもないいち個人が」
「日本を? どうしてみんな日本を執拗に狙うんだい?」
「うらやましいから ううん 正確にはうらやましかったから」
「うらやましい?」
「そうだよ モヤ あなたは先達ドライバーだからよくわかるでしょう お遍路に来るひとたちはホンキで同行二人の気持ちでやって来る そうしてホンキで弘法大師さまと共に四国の地を歩み だからこそ弘法大師さまは今も生き通しでわたしたちをご指導くださる」
「ホンキ か つまりそういうことをホンキでできる国と民は日本しかないと」
「ゲンム ほんとうは他の国にもその国のやり方をお守り通しの神様はおられるんだけれども日本ほど素直に神仏のご意向に従って人生を生きるひとたちはいない ううん また言い直すけどいなかった 今はもう違う お遍路さんや心底苦労したひとだけがほんとうの意味での素直なココロになっている」
「シャム なんとなくわかるよ タクシーに乗ってくださるお遍路さんたちはみんななにがしか辛い目に遭っている 人間の力ではどうにもならないことを骨身に沁みて理解しているひとたちだよ」
「モヤ ほんとうは日本のひとたち全員がそうだった 日本はそういう国柄 野に山に路端にお手洗いにすら神仏がおわすということを誰から教わることもなく得心していた」

 わたしはここで事実を言ってみた

「もしもお外でおしっこをしたくなって草むらにしゃがむときはお念仏を唱えてからそうしなさいって大おばあちゃんが教えてくれた シャム あれはシャムだったんだね?」
「そうだよミコ よく覚えていたね」

 わたしたちは今のその危機と関係の無い話の方向へ進んでいるように観えるかもしれない

 けれどもこのやりとりの中に既に答えが隠されていた

 シャムはわたしたちに懇願した

「みんな 威張っちゃダメだよ かと言って大声で人々を間違った方向に扇動する‘偉い人たち’の言いなりになっちゃダメだよ 慈悲を忘れちゃダメだよ かといって我心の戦争を引き起こして自分が一番偉いと威張る人をのさばらせちゃダメだよ」
「むずかしいなあ」
「ゲンム 大丈夫 難しくないよ お遍路さんのココロになって 同行二人のココロになって 素直なココロには神仏のお知恵が流れ込んできてそうしてカラダも楽々として善き行動をせずにはいられないほど勇むから ううん 善き行動か悪しき行動かすらあなたが心配する必要ないよ みんな」

 わたしたちのさいごの指の動きはそれは全員の総意だった

 か み さ ま ほ と け さ ま の お ぼ し め し の ま ま に
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