第65話 できる内にやっておくことだよ
文字数 2,218文字
ひとつだけ言えることがあるとしたらできる内になんでもやっておくことだよ。食べたいものを食べて行きたいところへ行って観たいものを観て聴きたいものを聴いてさ。
それから書きたいものを書く。
あるいは描きたいものを描く。
それをまさしく具現してるような人に出遭ったんだよね。
「あれ?その服?」
「なにか?」
「その服ってそれで合ってるんですか?」
「季節に、ってこと?」
「いいえ・・・・その・・・・・それ、Tシャツの袖に脚を通して、ショートパンツの裾に手を通して・・・・・」
「合ってるかどうかはアタシの勝手だろ?」
その女の子は高校生ぐらいかな。
今わたしが描写した通りの服装でシューズは踵を履き潰したデッキシューズ。紐を通していなくて素足で。
この子がまたかなりキュートな見た目なんだよね。それでTシャツの袖に脚を通してるんだけど膝下ぐらいまでしか上がってなくてね。
下着が見えている。
上は上で両手を前に突き出したみたいな感じでこれも途中までだから上も見えてる。
ほとんどの人は視線を合わせないようにしてわたしとこの子が向かい合っているアスファルトの消火栓の前を歩いていくけど、男子は観ていることがバレないようにして斜め下のアングルから眼球だけ動かして視界に入れる努力をしてる。
今度は彼女からわたしに問いがあったよ。
「アンタさあ。どうしてアタシに訊いてきたの?」
「知りたかったから」
「ごめん質問を間違えた。どうしてアタシに関わろうとしたの?」
言ってる意味は分かる。
彼女をスルーしないわたしの人格を疑ってるようだ。
だからこの答えがより一層疑念を持たれるかどうか、言ってみないと分からなかったので言ってみた。
「わたしもやってみたいなっておもったから」
へえ・・・・という表情を見せたあとその子は訊いてきた。
「やれば?」
わたしは静かに答えたよ。
「着たいものを着たいように着てみたい。でも、脱ぐ行為までは見せる気はない」
「そりゃそうだ」
そう言う彼女の概念は明確だった。
彼女の概念でいえば、たとえば透明のラップを身に巻くのであってもそれは裸ではない。
まごうことなき『着衣』の状態だ。服を着てるんだから文句を言うなという彼女の主張は正しい。
「ねえアンタ。名前は?」
「捨てること無し、で捨無 」
「なるほど。だからアタシに構ってくれたのか。アタシは欲を求めるで欲求 」
「それ、本名だよね」
「ははは、何言ってんの。こんな名前ある訳ないじゃない。通称通称。ってもしかしてシャムってさ」
「本名だよ」
「・・・・・すげえな」
チャレンジをしてみることにした。
ドレスコードの。
「いらっしゃ・・・・・・あ」
カウンター越しに止められた。
「あ、あのあのあの。当店は衣服をお召しにならない方の入店をお断りしております」
「これが服なんだけど。それとも牛丼一杯300円てのは全ての国民に平等に定められた価格じゃないってのか?」
「あのあのあのあの・・・」
「行こう」
2軒目。
「こんにちは・・・・え・・・ダメダメダメです!」
「なんでだよ」
「そ、その格好はちょっと・・・」
「何言ってんだ。ソイツだって似たようなもんじゃねえか」
ホックは古いリバイバル上映のポスターを指さした。
『裸の銃 を持つ男』
「と、とにかく!映画鑑賞は品位を持ってお願いします!」
「品位?同時上映だって『死霊のはらわた』ってどういうセンスしてんだよ。あ、アタシが言ってるのは二作品とも下品だっていう意味じゃなくてカップリングが下手くそだって意味だからな」
「行こう」
ドレスコードチャレンジが失敗するのはある意味喜ばしいことかもしれない。
なぜならば人間の心の奥の更に奥にある本当の欲求とは、まさしくホックが着ているようなファッションとか理由もない行動だろうと思うから。
それをあっさり承認されるよりは余程いい。
ラスト。3軒目。
「・・・・・・・いらっしゃい」
止められなかった。
「ご注文は?」
「わたしはアイス」
「アタシもアイス」
駅裏の今まで入ったことのない個店の喫茶店。マスターは静かにアイスコーヒーをふたりに運んでくれた。
「ようマスター」
「はい」
「アタシの服、注意しないのか?」
「・・・・・・ああ。変わってますね」
「もしかしてマスターもこういう趣味か?」
「いいえ」
「ならどうして」
「どうでもいいからです」
「ふ。どうでもいいって、要はアタシが客で、色々クレームされるよりは普通に接客してとっととお帰りいただくのが得策ってことか?」
「別に」
「なんだよ。アタシのこの服装に興味がねえのかよ?」
「もし仮に」
マスターの銀盆を持つ手が震え出した。
「もし仮に私がそんな服装をしたら売り上げが2倍になるのなら今すぐにでも着ますよ」
「え」
「ちょっと変わった服の客が来たところで売り上げは何も変わらない。ねえお客さん」
ホックが追い込まれてるよ。
「お客さんがそういう服で店に来たところで私の生活は何も変わらない。売り上げはジリ貧でこのままだと今年で廃業するつもりだよ。で?お客さんが勝手にそういう服着てたからって私の状況変わりますかね?」
「ま、まあ無理だろ」
「はっきり言ってどうでもいいんですよ。来るならあなたの服を見せ物みたいに観にくる客を引き連れて来てくださいよ」
「マスター」
わたしがホックに助け舟を出した。
「マスター。あなたが本当にやれる内にやっておきたいことってありますか?」
「時給のいいバイト探しですかね」
それから書きたいものを書く。
あるいは描きたいものを描く。
それをまさしく具現してるような人に出遭ったんだよね。
「あれ?その服?」
「なにか?」
「その服ってそれで合ってるんですか?」
「季節に、ってこと?」
「いいえ・・・・その・・・・・それ、Tシャツの袖に脚を通して、ショートパンツの裾に手を通して・・・・・」
「合ってるかどうかはアタシの勝手だろ?」
その女の子は高校生ぐらいかな。
今わたしが描写した通りの服装でシューズは踵を履き潰したデッキシューズ。紐を通していなくて素足で。
この子がまたかなりキュートな見た目なんだよね。それでTシャツの袖に脚を通してるんだけど膝下ぐらいまでしか上がってなくてね。
下着が見えている。
上は上で両手を前に突き出したみたいな感じでこれも途中までだから上も見えてる。
ほとんどの人は視線を合わせないようにしてわたしとこの子が向かい合っているアスファルトの消火栓の前を歩いていくけど、男子は観ていることがバレないようにして斜め下のアングルから眼球だけ動かして視界に入れる努力をしてる。
今度は彼女からわたしに問いがあったよ。
「アンタさあ。どうしてアタシに訊いてきたの?」
「知りたかったから」
「ごめん質問を間違えた。どうしてアタシに関わろうとしたの?」
言ってる意味は分かる。
彼女をスルーしないわたしの人格を疑ってるようだ。
だからこの答えがより一層疑念を持たれるかどうか、言ってみないと分からなかったので言ってみた。
「わたしもやってみたいなっておもったから」
へえ・・・・という表情を見せたあとその子は訊いてきた。
「やれば?」
わたしは静かに答えたよ。
「着たいものを着たいように着てみたい。でも、脱ぐ行為までは見せる気はない」
「そりゃそうだ」
そう言う彼女の概念は明確だった。
彼女の概念でいえば、たとえば透明のラップを身に巻くのであってもそれは裸ではない。
まごうことなき『着衣』の状態だ。服を着てるんだから文句を言うなという彼女の主張は正しい。
「ねえアンタ。名前は?」
「捨てること無し、で
「なるほど。だからアタシに構ってくれたのか。アタシは欲を求めるで
「それ、本名だよね」
「ははは、何言ってんの。こんな名前ある訳ないじゃない。通称通称。ってもしかしてシャムってさ」
「本名だよ」
「・・・・・すげえな」
チャレンジをしてみることにした。
ドレスコードの。
「いらっしゃ・・・・・・あ」
カウンター越しに止められた。
「あ、あのあのあの。当店は衣服をお召しにならない方の入店をお断りしております」
「これが服なんだけど。それとも牛丼一杯300円てのは全ての国民に平等に定められた価格じゃないってのか?」
「あのあのあのあの・・・」
「行こう」
2軒目。
「こんにちは・・・・え・・・ダメダメダメです!」
「なんでだよ」
「そ、その格好はちょっと・・・」
「何言ってんだ。ソイツだって似たようなもんじゃねえか」
ホックは古いリバイバル上映のポスターを指さした。
『裸の
「と、とにかく!映画鑑賞は品位を持ってお願いします!」
「品位?同時上映だって『死霊のはらわた』ってどういうセンスしてんだよ。あ、アタシが言ってるのは二作品とも下品だっていう意味じゃなくてカップリングが下手くそだって意味だからな」
「行こう」
ドレスコードチャレンジが失敗するのはある意味喜ばしいことかもしれない。
なぜならば人間の心の奥の更に奥にある本当の欲求とは、まさしくホックが着ているようなファッションとか理由もない行動だろうと思うから。
それをあっさり承認されるよりは余程いい。
ラスト。3軒目。
「・・・・・・・いらっしゃい」
止められなかった。
「ご注文は?」
「わたしはアイス」
「アタシもアイス」
駅裏の今まで入ったことのない個店の喫茶店。マスターは静かにアイスコーヒーをふたりに運んでくれた。
「ようマスター」
「はい」
「アタシの服、注意しないのか?」
「・・・・・・ああ。変わってますね」
「もしかしてマスターもこういう趣味か?」
「いいえ」
「ならどうして」
「どうでもいいからです」
「ふ。どうでもいいって、要はアタシが客で、色々クレームされるよりは普通に接客してとっととお帰りいただくのが得策ってことか?」
「別に」
「なんだよ。アタシのこの服装に興味がねえのかよ?」
「もし仮に」
マスターの銀盆を持つ手が震え出した。
「もし仮に私がそんな服装をしたら売り上げが2倍になるのなら今すぐにでも着ますよ」
「え」
「ちょっと変わった服の客が来たところで売り上げは何も変わらない。ねえお客さん」
ホックが追い込まれてるよ。
「お客さんがそういう服で店に来たところで私の生活は何も変わらない。売り上げはジリ貧でこのままだと今年で廃業するつもりだよ。で?お客さんが勝手にそういう服着てたからって私の状況変わりますかね?」
「ま、まあ無理だろ」
「はっきり言ってどうでもいいんですよ。来るならあなたの服を見せ物みたいに観にくる客を引き連れて来てくださいよ」
「マスター」
わたしがホックに助け舟を出した。
「マスター。あなたが本当にやれる内にやっておきたいことってありますか?」
「時給のいいバイト探しですかね」