第72話 感謝ごっこ
文字数 1,550文字
感謝の気持ちを忘れずにというけれどこんなに難しいことはない。
そもそも感謝すべきことっていうのは一番感謝したくないことであることが多い、ような気がする。
自分の至らなさを晒すことである場合が多いような気がする。
そして最重要なポイントは、やさぐれている人が感謝するということは本当に困難なことであるという点だろうと思う。
『言夢 :捨無 。感謝ごっこしないか?』
「感謝ごっこ?」
連休初日、切れたアパートのLEDを買いに家電量販店に行ったらゲリラ豪雨に見舞われて帰れなくなってしまった。一緒に行っていたゲンムと一階のベンチに座って拳ぐらいあるんじゃないかっていう雨の塊を動体視力をフルにして追いかけている時、ゲンムの方から言ってきた。
「感謝ごっこってなに?」
『ゲンム:文字通りさ。運気を上げるために感謝の言葉を2人で言い合おうってゲーム』
ゲームか。
それならば言えるかな。
『ゲンム:じゃ、わたしからいくぞ。言語障害だけどスマホがあってシャムと会話が普通にできてラッキーでありがとう』
「ふふ」
『ゲンム:な、なんだよ』
「ゲンム、かわいい」
『ゲンム:う、うるさいなー。次、シャムだぞ』
「わたしか。うーん」
ほんとに、うーん、だよ。
でも、ゲームならまあなんでもアリだよね。
「じゃあ。ゲンムがかわいいこと言ってくれてなんだか幸せな気分で鬱を一瞬薄めてくれてありがとう」
『ゲンム:なんだ、一瞬だけか。鬱を永遠に解消できないのか』
「それはまだちょっと難しいね。次、ゲンムね」
『ゲンム:そうだなあ・・・・あ、この間SNSにドラムの練習動画上げたら再生回数過去最高でみんなありがとう』
「へえ。何回?」
『ゲンム:343回』
なるほど
もしかしたらささやかなのかもしれないけど、最大で343人観てくれたのだとしたらそれはすごいことだ。
仮に同一人物がひとりで100回ぐらい観ているんだとしてもそれでも一旦観てもらえた場合には中毒性のある演奏と言えて、やっぱりすごいことだろう。
「じゃあわたしか。ええと」
『ゲンム:なんでもいいぞ』
「うーんと」
『ゲンム:とにかく早くなんか言ってみろよ』
「じゃあ・・・・・・鬱になっちゃってわたしの脳内では世界が滅んだも同然の焦燥感だけど実際の世界は今日も普通に存在してくれててありがとう」
『ゲンム:・・・・・・かわいそうにな』
「え?わたしが?」
『ゲンム:うん・・・・・シャムを幸せにしてあげたいよ』
「ゲンム、ありがとう。ゲンムがいつもかわいい顔と仕草の癖にLINEで打つ文章がツンツンしててギャップでクラクラさせてくれててありがとう」
『ゲンム:や、やめろよ』
「ううん、やめない。ゲンムは目も大きいしまつ毛も長くて、くるん、てしてるし唇も潤ってるし言うことなしだし仕方なしだしありがとう」
『ゲンム:仕方なしってなんだよ』
「いいから。そういうことでゲンム、とにかくほんとにありがとう」
『ゲンム:シャム、こっちこそだぞ』
「ううん。わたしは・・・・・特に今のわたしはゲンムに何もしてあげられないから」
そこまで話したら雨が小降りになって少しだけ日が差してきた。今だ、ってゲンムとふたりで自動ドアを抜けてバス停まで走った。
以下はゲンムとわたしのモノローグ。
『ゲンム:冷た!なんだよこの道。アスファルトが凸凹で水溜りにスニーカー突っ込んじゃったじゃないかよ』
『シャム:あ、あの街路樹の上に今日もカラスがいっぱい陣取ってるよ。またいつかみたいに頭のつむじの所にフンを落とされたくないなあ』
結局は不平不満ばっかりでまさしくお互いの腹の底を見透かすという感じでわたしもゲンムもロクな心掛けじゃないってなんとなく感じたけど、唯一
『『ふたりを遭わせてくれてありがとう』』
そもそも感謝すべきことっていうのは一番感謝したくないことであることが多い、ような気がする。
自分の至らなさを晒すことである場合が多いような気がする。
そして最重要なポイントは、やさぐれている人が感謝するということは本当に困難なことであるという点だろうと思う。
『
「感謝ごっこ?」
連休初日、切れたアパートのLEDを買いに家電量販店に行ったらゲリラ豪雨に見舞われて帰れなくなってしまった。一緒に行っていたゲンムと一階のベンチに座って拳ぐらいあるんじゃないかっていう雨の塊を動体視力をフルにして追いかけている時、ゲンムの方から言ってきた。
「感謝ごっこってなに?」
『ゲンム:文字通りさ。運気を上げるために感謝の言葉を2人で言い合おうってゲーム』
ゲームか。
それならば言えるかな。
『ゲンム:じゃ、わたしからいくぞ。言語障害だけどスマホがあってシャムと会話が普通にできてラッキーでありがとう』
「ふふ」
『ゲンム:な、なんだよ』
「ゲンム、かわいい」
『ゲンム:う、うるさいなー。次、シャムだぞ』
「わたしか。うーん」
ほんとに、うーん、だよ。
でも、ゲームならまあなんでもアリだよね。
「じゃあ。ゲンムがかわいいこと言ってくれてなんだか幸せな気分で鬱を一瞬薄めてくれてありがとう」
『ゲンム:なんだ、一瞬だけか。鬱を永遠に解消できないのか』
「それはまだちょっと難しいね。次、ゲンムね」
『ゲンム:そうだなあ・・・・あ、この間SNSにドラムの練習動画上げたら再生回数過去最高でみんなありがとう』
「へえ。何回?」
『ゲンム:343回』
なるほど
もしかしたらささやかなのかもしれないけど、最大で343人観てくれたのだとしたらそれはすごいことだ。
仮に同一人物がひとりで100回ぐらい観ているんだとしてもそれでも一旦観てもらえた場合には中毒性のある演奏と言えて、やっぱりすごいことだろう。
「じゃあわたしか。ええと」
『ゲンム:なんでもいいぞ』
「うーんと」
『ゲンム:とにかく早くなんか言ってみろよ』
「じゃあ・・・・・・鬱になっちゃってわたしの脳内では世界が滅んだも同然の焦燥感だけど実際の世界は今日も普通に存在してくれててありがとう」
『ゲンム:・・・・・・かわいそうにな』
「え?わたしが?」
『ゲンム:うん・・・・・シャムを幸せにしてあげたいよ』
「ゲンム、ありがとう。ゲンムがいつもかわいい顔と仕草の癖にLINEで打つ文章がツンツンしててギャップでクラクラさせてくれててありがとう」
『ゲンム:や、やめろよ』
「ううん、やめない。ゲンムは目も大きいしまつ毛も長くて、くるん、てしてるし唇も潤ってるし言うことなしだし仕方なしだしありがとう」
『ゲンム:仕方なしってなんだよ』
「いいから。そういうことでゲンム、とにかくほんとにありがとう」
『ゲンム:シャム、こっちこそだぞ』
「ううん。わたしは・・・・・特に今のわたしはゲンムに何もしてあげられないから」
そこまで話したら雨が小降りになって少しだけ日が差してきた。今だ、ってゲンムとふたりで自動ドアを抜けてバス停まで走った。
以下はゲンムとわたしのモノローグ。
『ゲンム:冷た!なんだよこの道。アスファルトが凸凹で水溜りにスニーカー突っ込んじゃったじゃないかよ』
『シャム:あ、あの街路樹の上に今日もカラスがいっぱい陣取ってるよ。またいつかみたいに頭のつむじの所にフンを落とされたくないなあ』
結局は不平不満ばっかりでまさしくお互いの腹の底を見透かすという感じでわたしもゲンムもロクな心掛けじゃないってなんとなく感じたけど、唯一
ごっこ
でない共通の感謝の気持ちがあった。『『ふたりを遭わせてくれてありがとう』』