第51話 奴僕が一番尊いかもしれないね

文字数 2,149文字

 ひとをいじめるっていうのはさまざまな形態をとるものでね。
 典型的なのは小学校あたりで特定の人間に対して大勢でもって精神的肉体的に虐げる一番わかりやすいいじめだよね。

 でもたとえば官位ある人がさ、

『やっとけよ』

 てなもんで自分に都合の悪いことを言ってる人を誰かに命令してかあるいは無言の威嚇でもって事実上は命令して黙らせるんだとしたらそれっていじめだよね。

 ましてや自分に都合の悪いことを言ってる人を経済的に追い込んだり、死なせたりしたらいじめだよね。

 いや、もっと言うとね、戦争も究極のいじめだよね。思想やら哲学やらを百万遍持ち出したところでやってることは、いじめ。

 暴力なんて言い方をするとさも高尚な次元だとかいう風に捉えられるかもしれないけど、要はいじめ。

 幼稚園や小学生のいじめと本質は変わらない、ううん、いい大人がやってるんだとしたらそれは見た目が成人してるだけで本質は子供。

 3歳児ぐらいかな。

 今日は土曜日だからさ、わたしは出かけたんだ。

 お不動さまのお堂へさ。

「こんにちは」
「こんにちは。失礼します」

 わたしはそう言ってローファーを脱いで、お堂を汚さないようにって今日のために下ろしたばかりのソックスでスサスサとお不動さまの前まで進んでね。

「どうぞ、お焼香を」
「ありがとうございます」

 お寺の御坊様がポキ・ポキ・ポキ、って三つに折って火を点したお線香を焼香台に置いてくださって、わたしは100円玉を台の上において、お賽銭箱にはなけなしの五百円玉を入れさせていただいてね、そうしてお参りしたんだ。

 本来ならばね、感謝が先に立たないといけないんだと思うんだけど、わたしは辛くってさ。

 やることなすこと上手くいかない状態がずうっと続いてきたような感覚があるからさ、おもわず縋ってしまったんだ。

「お不動様。どうぞご加護を」

 右手に剣をお持ちになり左手に縄を携えたそのお姿にわたしが目を閉じてお祈り申し上げているとね、こんな声が聞こえたような気がしたんだ。

『大難を小難に 小難を無難に』

 あらうれしや

 わたしはお年寄りどころか(いにしえ)の日本人が使ったような表現で『あらうれしや』ってココロの中でお礼を申し上げたんだよね。

 そうしたらまた声が聞こえたような気がしたよ。

『卑賤の者も遍く救う』

 その声に、はっ、としてわたしはお不動さまのことをWEBで調べてみたよ。

 そうしたらね、お不動様は平等に全ての人を救うために、自らの姿を奴僕の姿とされて、奉仕者としての姿勢を大切になさっておられるんだよ。

 官位や権勢を奢る表面だけの『偉い人たち』とは全く異なるご姿勢だよね。

 ホンキで民衆を救うっていうのはこういうことなんだろうね。

「お嬢さん」
「あ・・・・の・・・・御坊様、わたしは『お嬢さん』なんかじゃ。収入も底辺ですし」
「いいえ。お不動様が自ら奴僕のお姿をしておられることから明らかでしょう。お不動様は老若男女富貴卑賤の区別なく全ての人々のお味方ですよ」
「ありがとうございます」
「ところで気にかかっていたのですが」
「はい?」
「あなたに生霊がかかってるようですよ」

 ああ

 やっぱりそうか

 そうでないと、ここまですべてのことが上手くいかない訳はなかったのかもしれないね

「御坊様にはお見えなんですか?」
「漠然とですが・・・・・・それと、これは質問ですが」
「はい・・・・・」
「お嬢様には縋る存在がおありですね?」
「どうしてそれを」
「悪しき生霊などゴマ粒にしか見えないほどの大きな暖色の光の感覚があなたをお守り通しですよ」

 わたしも『あの方』のことはそう思ってるし事実そうだし、でもそれならばどうしてわたしはここまで何も良きことがないっていうんだろうか。

 ココロを鎮める物理的な薬の効果が残っている内に冷静な思考力で考えてみよう。

「さあお嬢さん。お答えを」
「う・・・・ん・・・・・と・・・ですね」

 言わざるを得ないか。

「わたしには生前遭えなかった恩人がいるんです」
「やはり」
「その方も自らを『愚かな私』と謙遜し、畑仕事をした後の頬被りの姿のままで悲しんでいる人の背をそっと撫でてあげて、それだけで何人もの人たちの大難を小難に小難を無難に治めてきたと聞いています」
「よくわかりました。お嬢さん」
「はい・・・・・・・・」
「お不動様は右手にお持ちの利剣で善悪を見極め正しきことを判断する智慧をお与えくださり左手にお持ちの羂索という縄で人々が間違った方向に行こうとするのを縛ってでも正しくお導きくださいます。あなたのおっしゃっているその恩人・・・・・ご婦人だったのですね?」
「はい。本当に見た目は畑仕事をする普通のおばあさんだったそうです」
「お不動様が奴僕の行をしておられることと重なると思います。何かご縁を感じます。あなたはその恩人のご遺志を通じてさまざまなことをこれからも学んでいかれるでしょう」
「・・・・・・はい」
「どうぞまたお越しくださいね」

 目の曇ったひとには敗者は敗者としか映らないだろう。

 成功者しか努力していないと短絡するだろう。

 けれども成功者は何に勝ったっていうの?

 まだ全員救われていないのなら、誰も勝っていない。

 だからわたしは宣言しよう。

 まだ誰も負けていない。

 彼女は、捨てない、って言ったんだ。

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