第45話 デートでもしてみる?
文字数 2,134文字
ほらよくあるよね。
余命いくばくも無い人に最期の思い出をあげるためにデートするっていうエピソード。
無いか。
「よ、よよよよよろしくお願いします・・・・」
「捨無 です。あなたは?」
「え、延命 です」
直接的な名前だね。
でもいいよ。
「どこ行きます?」
「ええと、そ、そうですね・・・・・・・」
「山?」
「えっ」
「海?」
「あのその・・・・」
「川?橋とかどうです?いい橋知ってますよ。飛び降りたくなりそうででも絶対に飛び降りられないように結界でも張られてるみたいな大橋」
「・・・・・すみません、一生に一度でいいから普通にデートしたかったんです」
なるほど
普通のデート
わたしには一番の難問だねえ
「じゃあ、遊園地でも行ってみます?」
「は、はい」
金曜の夕方。時間外だけどこれも仕事。
わたしたちはこの県で、潰れそうになりながら子供の頃からずうっと残ってる、遊園地と呼ぶのもちょっと気が引けるぐらいのローカルな『地元園 』に行ったよ。着いたらもう、一択だったけどね。
「か、観覧車に乗りたいです」
「はい」
実は極めて小規模でナチュラルに脚をぶらぶらさせるジェット・ミニ・コースターもあったんだけど、この人なら乗らないだろうな、って思った。
わたしもだけど。
だから、午後7時の、まだそれでも暗くなってない空の明るさで互いの顔を見合える観覧車に乗った。
エンメイさんはわたしを先に乗せてくれた。
「紳士ですね」
「か、会社員だから・・・・・
エンメイさんは会社から解雇された。こういう就業規則の一文によって。
『心身の疾患によって業務に耐えないと判断される者は降格又は解雇できるものとする』
エンメイさんはすい臓ガン。
一番発見が難しいとされるそのガンは誰も気づかない内にエンメイさんを余命2か月まで追い込んでいた。
「もうすぐてっぺんですね」
「は、はい・・・・」
進行方向?にわたしを座らせてくれて、エンメイさんはわたしの向かい側に身体をこわばらせて、シートにわざとお尻を半分ぐらいしか乗せないぐらいにシールドで自分を守って、そうして初めて彼の方からわたしに訊いてきてくれた。
「恋人は、いるんですか?」
「今はいません」
「じゃあ、昔はいたんですね・・・」
「いいえ」
「?え?」
「今の世ではいたことがありません」
「あの、それって・・・・・」
「あ。お月さまですよ」
わたしはちょうどエンメイさんの背中の窓から、観覧車がそのアングルに差し掛かったために流れ込んで来た月の光に向かって軽く手を合わせるようなジェスチャーをしてみせてあげた。
なんでかって?
かわいい女子に見られたいからだよ。
でもエンメイさんはわたしのその乙女ポーズから逃げるように背後を振り返って、カラダを反転させたまま月を見上げた。
「綺麗だ」
「ええ、綺麗ですね、月が」
「あ。シャムさん」
「はい」
「一説によるとその言い回しは、その・・・・異性への好意の隠語だそうです」
「エンメイさん」
隠れた気持ちなんてどうでもいいからエンメイさんの本心をわたしはただしにかかった。
「エンメイさん。わたしのことが好きですか」
わたしの正面に向き直って、でも目は少し横に泳ぎながら挙動不審ぽいままでそれでも真っ直ぐに答えてくれた。
「好き、です」
「そうですか」
「い、いえ!その・・・・・好きになりました。お会いしてからまだ一時間も経ってないですけれども」
「あり得ることです」
それは当然ながらわたしという人間の自惚れじゃなくって、女子と男子の間にはそれが仮にエロティックな目的の情念だったとしても、それでも純粋に「好きだ」という感情には言われた当事者として厳粛に向き合わなきゃいけないっていう、むしろ義務とか使命の感情に近いものだった。
「シャムさん」
「はい」
「あなたは・・・・・」
「はい」
「あなたは・・・・・・僕のことが好きですか?」
心して応えよう
「好き、です」
エンメイさんは嘘だ、とは言わなかった。
でも、わたしの方から更に踏み込んであげた。
「明日になっても今のこの感情が変わってないかは分かりません。でも今エンメイさんと乗っている月の光でわたしたちのカラダが照らされて明るい部分と影の部分ができているこの観覧車の中では」
「・・・・・・・・・」
「エンメイさん。あなたが、好きです」
ちょうど月影の逆光になったからはっきり見えなかったけど
彼は泣いていたと思う。
「シャムさん」
「はい」
「わがままを言ってもいいですか」
「なんなりと」
「愛の証 が、欲しいです」
そうだよね
そうだよね
男の子なら、きっとそうだよね
「わかりました。エンメイさんが望むとおりの愛の証に、お応えします」
キスでもいいと思った
滞空時間を考えたらあり得ないことだけれども、キスのその先の
そうして時間をたっぷりかけて彼の出した答えは彼の本質を示しているって思った。
「握手を、してください」
「はい」
彼はほんとうにシェイクハンドのつもりで右手を静かに伸ばしてきたけど、わたしはその右掌 を、わたしの湿っぽい女子としての肌の感覚を持つ両掌 で、きゅっ、って握ってあげた。
エンメイさんの55歳の手の肌の感触は、10代の男の子みたいだった。
余命いくばくも無い人に最期の思い出をあげるためにデートするっていうエピソード。
無いか。
「よ、よよよよよろしくお願いします・・・・」
「
「え、
直接的な名前だね。
でもいいよ。
「どこ行きます?」
「ええと、そ、そうですね・・・・・・・」
「山?」
「えっ」
「海?」
「あのその・・・・」
「川?橋とかどうです?いい橋知ってますよ。飛び降りたくなりそうででも絶対に飛び降りられないように結界でも張られてるみたいな大橋」
「・・・・・すみません、一生に一度でいいから普通にデートしたかったんです」
なるほど
普通のデート
わたしには一番の難問だねえ
「じゃあ、遊園地でも行ってみます?」
「は、はい」
金曜の夕方。時間外だけどこれも仕事。
わたしたちはこの県で、潰れそうになりながら子供の頃からずうっと残ってる、遊園地と呼ぶのもちょっと気が引けるぐらいのローカルな『
「か、観覧車に乗りたいです」
「はい」
実は極めて小規模でナチュラルに脚をぶらぶらさせるジェット・ミニ・コースターもあったんだけど、この人なら乗らないだろうな、って思った。
わたしもだけど。
だから、午後7時の、まだそれでも暗くなってない空の明るさで互いの顔を見合える観覧車に乗った。
エンメイさんはわたしを先に乗せてくれた。
「紳士ですね」
「か、会社員だから・・・・・
だった
から・・・・」エンメイさんは会社から解雇された。こういう就業規則の一文によって。
『心身の疾患によって業務に耐えないと判断される者は降格又は解雇できるものとする』
エンメイさんはすい臓ガン。
一番発見が難しいとされるそのガンは誰も気づかない内にエンメイさんを余命2か月まで追い込んでいた。
「もうすぐてっぺんですね」
「は、はい・・・・」
進行方向?にわたしを座らせてくれて、エンメイさんはわたしの向かい側に身体をこわばらせて、シートにわざとお尻を半分ぐらいしか乗せないぐらいにシールドで自分を守って、そうして初めて彼の方からわたしに訊いてきてくれた。
「恋人は、いるんですか?」
「今はいません」
「じゃあ、昔はいたんですね・・・」
「いいえ」
「?え?」
「今の世ではいたことがありません」
「あの、それって・・・・・」
「あ。お月さまですよ」
わたしはちょうどエンメイさんの背中の窓から、観覧車がそのアングルに差し掛かったために流れ込んで来た月の光に向かって軽く手を合わせるようなジェスチャーをしてみせてあげた。
なんでかって?
かわいい女子に見られたいからだよ。
でもエンメイさんはわたしのその乙女ポーズから逃げるように背後を振り返って、カラダを反転させたまま月を見上げた。
「綺麗だ」
「ええ、綺麗ですね、月が」
「あ。シャムさん」
「はい」
「一説によるとその言い回しは、その・・・・異性への好意の隠語だそうです」
「エンメイさん」
隠れた気持ちなんてどうでもいいからエンメイさんの本心をわたしはただしにかかった。
「エンメイさん。わたしのことが好きですか」
わたしの正面に向き直って、でも目は少し横に泳ぎながら挙動不審ぽいままでそれでも真っ直ぐに答えてくれた。
「好き、です」
「そうですか」
「い、いえ!その・・・・・好きになりました。お会いしてからまだ一時間も経ってないですけれども」
「あり得ることです」
それは当然ながらわたしという人間の自惚れじゃなくって、女子と男子の間にはそれが仮にエロティックな目的の情念だったとしても、それでも純粋に「好きだ」という感情には言われた当事者として厳粛に向き合わなきゃいけないっていう、むしろ義務とか使命の感情に近いものだった。
「シャムさん」
「はい」
「あなたは・・・・・」
「はい」
「あなたは・・・・・・僕のことが好きですか?」
心して応えよう
「好き、です」
エンメイさんは嘘だ、とは言わなかった。
でも、わたしの方から更に踏み込んであげた。
「明日になっても今のこの感情が変わってないかは分かりません。でも今エンメイさんと乗っている月の光でわたしたちのカラダが照らされて明るい部分と影の部分ができているこの観覧車の中では」
「・・・・・・・・・」
「エンメイさん。あなたが、好きです」
ちょうど月影の逆光になったからはっきり見えなかったけど
彼は泣いていたと思う。
「シャムさん」
「はい」
「わがままを言ってもいいですか」
「なんなりと」
「愛の
そうだよね
そうだよね
男の子なら、きっとそうだよね
「わかりました。エンメイさんが望むとおりの愛の証に、お応えします」
キスでもいいと思った
滞空時間を考えたらあり得ないことだけれども、キスのその先の
そういうこと
でもいいって思った。そうして時間をたっぷりかけて彼の出した答えは彼の本質を示しているって思った。
「握手を、してください」
「はい」
彼はほんとうにシェイクハンドのつもりで右手を静かに伸ばしてきたけど、わたしはその
エンメイさんの55歳の手の肌の感触は、10代の男の子みたいだった。