第188話 紙吹雪が蛍に観えたらしめたもの

文字数 2,892文字

 ゲンムが手を引かれている

 小さき女の子に

「モヤだよ」
「ゲンムだよ」
「…いや、ゲンムはそっちの大きい子でしょ?キミは?」
「ミコ…巫女、って書くんだ」

 わたしのてのひらに小さくて短い指で書いたミコは間違いなく巫女の感じも書き順もあってた
 まあ自分の名前だから5歳でも不思議じゃないんだろうか

「っと…ゲンム、どうやって会話しよっか?」
「大丈夫だよ わたし手話できるよ」

 ミコは到着ロビーの前でゲンムと確かに手話でやりとりしてる
 そして手話で同時通訳しながら3人の会話をとりもつ

 まるでシャムだ

「ゲンム ミコってなんなの?」
「モヤちゃん」
「モヤでいい」
「モヤ」
「なに」
「そういうことは本人に訊くものだよ でもまあいちおうゲンムは四国にいる間わたしの保護者みたいなものだから別にいいけど」

 ゲンムが手話でミコに語りかける

「えと…『ミコはこましゃくれててまるで小姑みたいにこうるさいんだぜまったく 親の顔が観てみてえよ』わ、ゲンム、それだけは言わないで『親の顔が観てみてえよ』なんて」
「ミコ ゲンムってそんな‘喋り方’なのか」

 言わない、のゲンムの手話翻訳がぞんざいな言葉遣いになるのまでシャムみたいだ
 以前ZOOMでカンテンさん、ゲンム、チョウノちゃんとオンライン女子会やったときもまあそんな雰囲気だったけど

「『モヤ シャムの最期を教えてくれ』ちがうちがう何度言ったらわかるのゲンム シャムは最期じゃないから」
「?いや?シャムの最期は核に突っ込むその前だったよ いきなり毛虫に姿が変わって巣立ったばかりのツバメの子に喰われたんだ」
「『…そうか…シャム、かわいそうに…』ってゲンム!だから言ってるでしょ!?シャムは最期じゃないってば!」

 ところでやっぱりミコはなんなんだ

・・・・・・・・・・・

 説明の前にミコがおなかすいたうどんたべたいうどんうどんうどん、と呪いのように繰り返すのでわたしが香川で行きつけのうどん屋さんに連れて行った

 ミコはとても5歳とは思えないすすりっぷりだったな

「うー、うどん、うっ・どーん!」
「静かにしないかミコ」
「『やかましい!』ってわたしだってわかってるけどこのうどんほんとにおいしいんだもん ちゅるちゅる」

 あ

 かわいい…

 なんというか、貂っぽいな

「『テン?』ってなに?テン?」
「ああ ゲンムもミコも観たことないか 貂ってイタチとかミンクほどは細長くなくてカワウソをがっしりさせた感じのフォルムかな…わたしも一回しか観たことないけど、かわいいんだよ」
「わー、じゃあわたしがかわいーってことだよねー『自分でかわいーとか言ってんじゃねー』ゲンムはシャムにばっかり甘いもんねー」
「じゃあミコ 自分で自分のこと話してみてくれ」
「うんいいよモヤ 捨て子なんだわたし」

 あ

 う

 ん…

「な、なんだ?じゃあミコも赤ちゃんポストに…?」
「ううんちがうよ 捨てられたのは先週の月曜日の話」
「え?5歳の子を捨てた、のか?」
「ああ、わたしの父親と母親?そうだよ」

 おとうさんおかあさんじゃなく父親母親か

 そういうところもなんかシンパシーを抱いてしまうよね…

「まあ今までずっとやられてたから捨てられてすごいのびのびした感じかな」
「やられてたって、虐待か…?」
「ううん 依存」
「依存?」

 ゲンムの顔が険しくなってきた

「誰が、誰に」
「父親・母親がわたしに」
「『モヤ ミコの親はなまけものだったんだ』うん当たってるよゲンム『ただのなまけものじゃない 自分たちこそ仏にかなってるから見栄えのよい褒めてもらえる苦労だけやって誰からも褒めてもらえない苦労はミコにやらせてたんだ』全部が全部ってわけじゃないけどね」
「見栄えのよい苦労ってなんだい?」
「『親孝行だ』」

 ?
 親孝行?

 ミコの両親がする親孝行ということは祖父母ってことか?

 まあありきたりだな

「わたしの父親はおばあちゃんのココロが苦しくて苦しくてたまらなくて家の外へ飛び出していきそうになるのを‘なだめた’んだって えらいよね でもえらければえらいほどつらかったよ」
「ちょ…大丈夫?」

 ミコの涙は大人がその涙を流そうとしても到底不可能な見事なまでみ粒の大きい涙だった

 どうしてだ?

「『モヤ ミコの親はな、ミコが’いい目に遭う‘ときはことごとくすべて両親が功徳を積んだからなんだってよ』うんそうそのとおり『ミコにまるで説教するみたいにしてな、両親である自分たちが姑の世話をして功徳を積んでいなかったらどうなっていたか、って言うんだってよ』」
「5歳にそれを言うのか?」
「うんそうだよ だからわたしは父親と母親に感謝してる姿を観せようとしておばあちゃんに優しくしたよ そしたらそうじゃないって」

 聴いててモヤモヤしてきた

 わたしだから

 ちがうか

「おばあちゃんは鬼なんだって 仏が鬼に姿を変えて現世にあらわれたんだって だからつまりは鬼なんだって
 それで父親と母親が強調したかったのは『鬼』に仕えて我慢した自分たちがえらいのであってわたしが‘幸せ’なのは自分たちのおかげなんだから‘感謝しなさい’って言ったの」
「ミコ 気を悪くしないでね ミコの両親、ダメだね」
「うんわかる」
「済度しようとしなかったの?」
「すべてのことをおばあちゃんに我慢してやったんだ、って言うの だから自分たちは誰に対しても一目置かれるんだ、って」
「ホンキで言ってるのか」
「ホンキみたい」

 5歳に依存する

 5歳に親が自慢を垂れる

 父親は5歳の子にこう言ったそうだ

『お父さんは外でも家でも我慢してるから…我慢し通しだから…せめてミコがお父さんの自慢を聴くのは当然だろう』

 一番リーダーになってはいけないタイプの人間だろう

 いや、周囲の人間たちが何か特別な意図や打算をするのならば敢えてこの父親が極めて小さな組織のけれども待遇だけでいえばどちらが親でどちらが子かわからないような腑抜けたことをやっていてもとりあえず次の代につなぐような役割を年寄りたちは積極的にしていなかくてはならない

 けれども老人たちはこう言う

 まだいいのだ

 将来的にそうする

 まだ大丈夫なのだ

「『大丈夫であったためしがない』わあゲンム今日はすごくいい感じ」
「ミコ 肝心のことをまだ教えてもらってないよ」
「うん なに?モヤ」
「どうして今になって『捨てられ』たの?」
「…聴きたい?」
「うん」

 ミコはうどん屋さんの座敷席で正座した

「ほんとうのことしか言わないから」
「…ほんとうのこと…?」
「そうだよ わたしの両親は憐れ」
「ああ」
「わたしの両親は52段高の神仏の、その上に座を得ようと必死だった 特に父親」

 なんとなくわかった

「だから仏の高に頭がにょきっと出っぱってて見苦しい」
「ミコが言う『ほんとうのこと』って」
「なに」
「ほんとうのほんとうに捨てずに救おうとするんだな」
「ありがとう」
「もうひとつどうしても聴きたいのは」
「シャムのこと?」
「う、うん…」
「聴いてもわたしを変なひと扱いしないでね」
「しないよ」
「わたしを危ない子だなんて思わないで」
「それはどうかわかんないけど」
「わたしはね」
「うん」
「シャムの生まれ変わりだよ」
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