第195話 現場に咲く花

文字数 1,172文字

 第八十番札所 白牛山 千住院 国分寺

 第八十一番札所 綾松山 同林院 白峯寺

 ふたつのお寺にはそれぞれ『話』がある

 国分寺には四国最古の梵鐘がありその梵鐘を高松城の鐘にしようとした藩主が城へ運ばせようとするとなぜか重量が異様に重く感じられ、運送に多くの人馬を使ったこと。その梵鐘を運ぶと城に着いた途端に音が出なくなり、また、悪病が流行し藩主も倒れたところ、藩主の夢枕に鐘が立って、『もと居た寺に帰りたい」と訴えたのでまた戻すために運ぼうとしたところ、来る時とはうってかわって軽々と運搬できたという

 また、白峯寺では、心優しい天狗さまが急なお遣いを言いつかった小坊主さまを風に乗せて運び用事を助けてあげなさったという

 いずれも、実話、と明言されている

 その通りなのだ

 実話、なのだ

 シャムは常々言っていた

 ほんとうのこと、なのだと

 52段高のことだから目にも見えぬだけの話であって、神話もことどこく『実話』であり『ほんとうのこと』なんだ だからか 時々シャムが

『フィクション=ノンフィクション』

って

「シャムは四国に来てから、時々、だけど自分の行った功徳について教えてくれたよ」
「『それ、わたしも聴きたい』あ、ゲンムも?」

 無言で頷くゲンム

 わたしはした

 シャムがまこと命懸けなる菩薩として日々職務に誠実にあたるひとたちへ行った供養を

「え?供養?」
「そうだよ、ミコ シャムはそのひとたちを敬い奉って供養をした 片膝ついて最敬礼で供養の品を手渡した」

 そうそれは

 プリン

 大家さんの台所を借りて市販のプリンの空いた後の厚いガラスのプリンの容器に、今度は自分が材料を調合して流し込み、蒸し器で蒸しあげた、プリン

 ‘す’が入っているかもしれませんと、供養をする相手にそう告げて、砂糖を焦げる直前まで熱して作ったカラメルを添えて

 さあ、そのシャムが少女の装いをしてまで最敬礼で押しいただくようにしてプリンを手渡したその相手のひとたちは

 医療従事者

 その日は当直の看護師さんたちにだった

 看護師長の女性に代表してプリンの入った紙袋を手渡して

 あなたたちこそ現場の最前線に立つ

 武士でございます、と

 観世音菩薩さまでございます、と

 シャムはホンキでふざける要素など全くない完璧な謝意を表して応接した

 そのココロは、その看護師たちに

「甘いものでも食べてよ」

 という気持ちだった

 疫病の中、自らの私生活を棒に振って懸命に奉仕する、まさしく武士

 その名は看護師

 その名は医療従事者

 世情としてそういうひとたちをねぎらうココロを多くのひとは持ってるんだろうけど

 ほんとうのほんとうに

 シャムのように

 片膝ついて

 まるで女神さま方にお供えするように

 ご供物のように

 甘い、プリンを

 とても甘くて、ココロ慰められるプリンを

 供養するひとが、日本にどのくらいいるんだろうね


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