第194話 君主と臣下

文字数 2,660文字

 第七十九番札所 金華山 高照院 天皇寺


 天皇寺

 神託を請うて行うのでも君のご意向を伺うわけでもなく

 臣下が寄り集まって決める

 決めたその内容がどうこう言っているんじゃなくて

 臣下が臣下の都合で決めようとする

 戒めのためにこの歌を

・・・・・・・・

 上は帝を初めとし
 下は卑賤のひとびとも
 逃れ難きは無常なり
 独生独死のならいにて
 独り生まれて独り死す
 この息一度切れたなら
 きょうかたびらを身にまとい 
 六文づつを手にかけて
 白木造のくわんの中
 小首傾げて思案する
 姿見るこそあわれなり
 あらものすごき一人旅
 埋めば野辺の土となる
 むくろはついに苔の下
 焼けば墓場の灰となる
 三途の川や死での山
 魂は独り旅の空
 あわれはかなき世の中は
 生死無常の境なり
 おくれ先立つありさまは
 電光朝露のまぼろしぞ。
 あらおそろしやおそろしや
 汽車も電車も自動車も
 山坂川も家倉も
 夫も妻も友達も
 六親眷属みな人よ
 一切この世は迷いなり
 まよいの世界に迷わされ
 あわれ悲しき世の中は
 迷いの世界と知れやひと
 生死の闇夜とはやく知れ
 愚かなわたしが筆を染め
 造りし歌であるけれど
 ほんにまことと知られたら
 後世が大事と早く知れ
 未来が大事と知れたなら
 一時もへんじも片時も
 急いで後世を願うべし
 急いで弥陀をたのむべし
 
・・・・・・・

 シャムの意識を徐々に持ち始めるミコ

 今のこの歌もシャムが恩人から習ったものをミコがシャムの書いた小説を『ねじ込まれる』形を取って口ずさんだ

 だって、5歳の子が

 いや、関係ないのだった

 聖徳太子さまがまだ幼子の頃の姿を写した木彫りの像を坂の多い街の古きお寺で拝観したことがあったのだけれども、既にして後世を願っておられた

 それも自分のじゃない

 5歳ですらない幼子たる聖徳太子さまは、国の大切な民の後世を願っておられた

 だからこそ摂政とおなりになってから十七条の憲法を制定なさり、民心を安らかになさった

 意味、わかるでしょう?

 きわめて単純な話で、『いじめっ子』がする政治はどのような内容の政策・施策であろうとも永久に民を救うことなどできない

 安心が得られぬから

 安心が得られぬから民は疑心暗鬼に陥り、日常の所作ひとつひとつにすら自信を持てずについぞ日本という国のよき国柄を発揮することなく滅びの道を進んでしまう

 いじめをゼニン(是認)するかのごとき高笑いをする老爺など言語道断なのだ

 国を滅ぼさんとするうつけ者なのだ

 証拠に観よ

 聖徳太子さまは信賞必罰を明言なさった

 その信賞必罰は、お不動さまの正しさに基づくご判断

 決して忖度やら依怙贔屓やらましてや政治を摂る側がえばるような素振りの微塵もないもの

 聖徳太子さまの治世の日本にとどまらず全世界の手本となるその最重要な点は

 神仏への敬いを根本に置き、なおかつ御みずからが政治に携われたことである

 お釈迦さまさえ王家の出でありながら神仏の道と政治の道を両立させることの危うさ・困難さを認めて自らの執政からは距離をお取りになった

 けれども聖徳太子さまはおやりになられた

 むろん、お釈迦さまが古き小道をたどり大道をお示しくださったその功徳にほかならないのであるけれども、古今東西・全宇宙を見渡してみても、この快挙を成し遂げられた聖剣豪傑はおられない

 聖徳太子さまの他にはおられない

 だからなのだ

 十七条の憲法は国法として日本の宝となすのみならず、この精神を世界法・国際法としてすべての人類がよるべとするならば、あらゆる国の悪政はなりをひそめ、紛争という紛争はすべて和し、いさかいの火は消え去り、いじめも虐待も人種差別も、あらゆる悪業を溶かし尽くすであろう

 さて十七条の憲法にはきわめて重要な一文がある

 詔を承けてはかならず慎め

 日本という国体の真髄であろう

 なぜならば日本は神のすゑだから

 これがただの人間の集合でしかない国家ならば、悪心邪心を持ち、あまつさえただしき祖先たる神さまではなく、悪逆の邪神を尊崇する帝すら出現する恐れがあろうが、日本はちがう

 聖徳太子さまが神仏を旨とする治世のお手本を示された

 そのお手本から子孫たるわれらが退化してどうするのだ
 
 幸運なことに日本は聖徳太子さまのおココロを汲みながら栄光の歴史を築いてきた

 明治天皇陛下さまはこう謳われた

 わが國は神のすゑなり
 神まつるむかしのてぶりわするなよゆめ

 昭和天皇陛下さまは敗戦の苦しみの中から大願をお立てになられた
 
 戦に斃れしひとの魂を、遍く全員、救い尽くす

 シャムの恩人はそのお手伝いをしたという

 これかように日の女神さま・八百万の神さま、そうして神々と一骨分身にして別あるにあらざる仏さまがたが、日本人よ、ひとを慈しめよ、世を慈しめよ、人心のみならずすべての生類の、鳥獣虫植物にいたるまでが平和に暮らすこの世の高天原を目指せよ、と示唆なさったその事実を素直に誠実に護ろうとしてきた、それが日本人なのだ

 けしてけして御神体を厠に捨てるような浅はかな所業を行うものが近代なのではない

 平和の高天原に漸近することこそが進歩であり近代化のはずなのだ

 だからこそ君臣の秩序破るべからずなのだ

 聖徳太子さまのおココロを徹底的に骨身に宿しておられる方が代々『君』となってきておられるはずだから

 今、世情を賑わせる議論がある

 行為そのものはどうということはない

 問題は、どんなに官位があろうともどんなにお金を持っていようともどんなに頭がよかろうともどんなに威張っていようとも、臣は臣でしかない

 どこまでいっても君臣の順序が入れ替わることなどあり得ないし、万が一にもそのようなことが起こるとき、国は滅びる

 いま問題となっていることは、行為そのものは帝であろうと卑賤のひとであろうとも逃れることのできない無常のことであるから、誰の儀式だから重んじるとか誰の儀式だから軽んじるとかそういうものではなく、娑婆に生きるものである以上逃れられないというだけの話だ

 それを度を超した形でやろうとするならば、神託を仰がねばならぬレベルだ

 かつての歴史上で神託をすり替える逆賊がいたが、そういうことをやらぬのであれば神託を伺ってみればよい

 その上で真の君主がお慈悲の沙汰でもって下賜する形でやるのであれば国体は保たれ君主のご威光と慈しみを民に伝えるよい機会であるからやればよいと思う

 けれどもそこまでの深い考えもなく、自分が君主になりたいという野望を持つ臣たちが御霊の名誉などそっちのけで行う謀ならば

 慎むがよい
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