第4話 仕事の集団でも冷たくなんかないよ

文字数 2,829文字

 大変じゃない仕事なんてないよね。
 辛くない義務なんてないよね。

 だから愛おしいんだけど。

「ふう。戻りたくねえなあ」
「声に出てるよ」
「うわ!」

 お。
 びっくりした顔が若いね。

「お昼ご飯がコーヒーだけ?」
「え・・・・・まあ、飯も喉を通らないっていうか・・・・」
「新人さん?」
「なんで分かるの」
「だって、ネクタイが曲がってないから」
「えっ・・・・逆じゃねえの?」
「ううん。小慣れたら多少崩すでしょ」
「かもね」

 バス停の後ろにある緑化スペースのベンチに彼は座ってた。まあわたしから見たら男の子、って言ってもいいぐらいの幼さで細身のスーツを着た彼は常田(つねだ)って名乗った。

「君の名は」
「ふっ」
「べ、別に映画をパクった訳じゃ」
「シャム」
「え。シャム?なにシャム?ハーフ?」
「ただの捨無(シャム)

 お互い昼休みのほんの10分ほどの関わり合いだって分かってるから常田もわたしも崩した会話をする。

「シャムちゃんはいいよなあ。まだ働いて無いんでしょ?」
「働いてるよ」
「嘘?高校生かと思った」
「定職はないけどね」

 わたしがまあ正規雇用じゃないって風に思ったんだろうね。入社してまだ一週間の癖に常田ったらわたしにベンダーのカフェオレを奢ってくれた。

「あまい」
「ねえシャムちゃん。仲間っている?」
「どうかな」
「俺は学生の頃は結構いたんだよね。もう、すっげえ深い仲の仲間がさ」
「どれくらい」
「え・・・・?変わったこと訊くなあ。まあそうだね、家族みたいなもんかな」
「ということは家族とも仲が深い?」
「いや・・・・・・・それはないわな」
「どうして」
「だってさ。全っ然俺のことに無関心でさ。やっぱり優秀な兄貴を持つと損だよなあ」
「お兄さん、頭いいの?」
「おー。シャムちゃんも優秀=頭いい、ってステレオタイプか。兄貴はさ、頭いいだけじゃないよ。信念があってさ。今じゃ大学の准教授さ」
「准教授だと信念があるの?」
「とことん変わってるなあシャムちゃんは。どうだか分かんないけど『人類に貢献するための研究してる』なんて言ってるわなあ」
「常田の仲間は違うの」
「うーん・・・・・まあ、出世頭って言ったらすっげえ業績のいい一部上場企業に就職した奴ってことになんのかなあ」
「常田は違うの」
「俺か・・・・・まあ俺は社員も50人ほどしかいねえちっこい会社だからなあ」

 出遭ってから10分ぐらいは常田はひたすら愚痴ってた。わたしはまあ愚痴をこぼす人間にはどっちかっていうとシンパシーを感じる方だから全然嫌じゃないんだけど、わたしが一言言ったら常田は態度を変えたよ。

「常田の仲間ってその程度なんだ」
「・・・・・・・・・・」
「あれ?反論は?」
「いや・・・・・・いや・・・・・」

 わたしが言った一言、『常田の仲間ってその程度なんだ』は、もう一言とセットだったんだ。

『仲間たちも愚痴って生きて来たんだね』って。

 しばらく黙ってたけど、常田は結構偉い奴で、お昼休みの終わる時間には、じゃあね、って言って笑って会社にちゃんと戻って行ったよ。

 次遭った時、常田はおじさんというには随分若いやっぱりスーツを着た男と一緒に居た。
 やや若いおじさんはでも常田と同じようにネクタイをきつく締めてた。

「申し訳ございませんでした」
「中野さん。信頼してたんだけどな。がっかりですよ」
「申し訳ございません!」

 中野っておじさんが常田の上司なんだね。ショッピングモールの中に設営されてるっていうんで話題になってるマンションのモデルルームのソファに対面してる女にふたり揃って頭下げてる。

 やな女だな。
 って雰囲気だけで判断するわたし。

「もういいです。ビルトインの食洗機がこんな仕様じゃキッチン全部作り直すしかないですから。イコール閉鎖ですから」
「で、でも僕、メールで今井さんにこの型番お伝えしたんですけど」
「中野さん!」

 常田、やらかしちゃったのかな。まあどっちが悪いのか知らないけど今井って女は反抗したらキレるタイプだよねー。

「中野さんのところは『僕』なんて口の利き方をさせてるんですか!?」

 あ。
 そっち?

「申し訳ありません。常田。謝りなさい」
「え、え。何をですか?僕が『僕』って言ってることをですか?でも、中野さんだっていつも社内で『僕』って言っても怒らなかったじゃないですか?」
「私の指導不足だった・・・・済まなかった。まさか君がオフィシャルな場でも『僕』って自分を呼ぶような育ち方をしてるとは思わなかったんだ」
「え?え?」
「常田」

 ついついわたしは声掛けちゃったよ。さすがにノープランだから、この後どう続けようか。

 まあ、こう言うしかないか。

「常田。その今井さんって女の人に謝っちゃいなよ。形だけでいいからさあ」
「シャ、シャムちゃん!?」
「な、なに!?あなたは!?」
「オタクのマンションを買おうと思ってる者ですけど」
「はあ!?」
「今井さん。実際にどうだったかは分かんないけどもしかしてメールで確認したこと、しらばっくれてるんじゃないの?」
「あ、アンタには関係ないでしょ!?」
「うわ。今井さんこそ客に『アンタ』って呼ぶ社員教育受けてんの?」
「あ、アンタがマンションなんて買える訳ないでしょ!?(あ!もしかして親が購入を検討中とか?)」
「親じゃないよ。わたしだよ」
「え!?あの、その・・・・」

 ふう。
 ココロを見抜かれたぐらいでしどろもどろってことはまあそこまで悪人じゃないんだね。

 それより多分・・・・・・

「お客様」

 ほら。
 やっぱり中野さんが動いた。

「お客様、せっかくモデルルームにお越し頂いたのに誠に申し訳ございません。当社が納入した食洗機はこのキッチンのイメージに合わない仕様のもので納入したわたくしどもに落ち度がございました。大変申し訳ございません。さはさりながら、このモデルルームそのものは大変に快適で優雅な内装になっております。どうぞ食洗機にはお目つぶり頂いてお部屋をご覧くださりご検討いただけたら」
「中野さんはわたしが買えると思ってるの?」
「それはわたくしには分からないことです。ですけれども、こうしてお取引先の素晴らしいお部屋をお勧めすることはこの仕事に携わるわたくしどもの義務ですので」

 かっこいいねえ。

「常田」
「は、はい、中野さん」
「お客様と、今井様に謝罪を」
「ぼ・・・・・・わたくしのミスで大変ご迷惑をおかけいたしました。今井様、シャム様、申し訳ございませんでした」

 ・・・・・・・・・・・・・

「じゃあね、常田」

 中野さんはまだわたしに頭下げてるよ。常田もだけど。

「常田!」
「な、なんでしょうか、シャム様」
「ふ。シャムでいいし、中野さんには『僕』でいいと思うよ!」
「でも・・・・・」
「常田くん、ふたりの時は『僕』でいいよ。僕だって君と居る時は『僕』って言ってるだろ」
「な、中野さん、本当に申し訳ありませんでした!」
「気にしなくていいよ、仕事なんだから」

 仕事だから・・・・・か。

 やっぱりかっこいい!
 それでいて、暖かい大人だな。

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