第85話 怒れる人がイカれてるって言うのかい?
文字数 2,156文字
「シャム!」
あ
「タク?」
懐かしい。
ほんの半年ほど前のことなのに、もう子供の頃からずっと遭ってない。
中学まで特別支援学級で中卒でスーパーの正社員になったけど3日で辞めたタク。
中学の後輩たちから『タク!タァーク!』ってバカにされてるタク。
バカにする子たちがほんとのバカだ。
「シャム…元気ないな」
「うつ病になっちゃって」
「えっ」
タクはデパート前の横断歩道で隣同士になって三っつ言葉を交わしただけでMAXの感情になってくれた。
「誰だよ!シャムを病気にした奴は!!」
タクの余りの言葉の激しさと…それから見た目で知的障害だという認識を持つらしく、わたしたちふたりの周りに視えない水門が連続音を立てて締め切られたと思った。そうしてその気配と、タクが一番忌み嫌うモノに対してタクは更に声を荒げていく。
「オマエ!シャムを笑っただろ!!」
タクのタクたる所以は決してやさしそうな人間には噛み付かないところだ。タクが指差して怒鳴りつけたのは上腕筋をより張りのあるように見せるホワイトスネイクのタトゥーをした半グレっぽい男だった。
「はあ?俺はテメエを笑ったんだよ」
「黙れ!女の子を笑うなんて最低の男だぞ!」
「バカか」
その男は、パン、と音を立てて右手のひらでタクの後頭部をはたいた。男の体の膨張具合に比例して手のひらの肉も厚かったので、重いはたきだったようでタクの顎がブレて上の奥歯と下の奥歯とがタクの意思とは連動せずにコチン、と音を立てた。
けれどもタクは男に向かって怒鳴り続けた。
「はあ。めんどくせえな」
男はタクの後頭部を三度連続してはたいた。一度目より二度目を強く、二度目の次の三度目は最高度の力を込めて、ビルドアップ走のようにはたいた。
わたしがタクの横に出ようとするとタクは言った。
「シャム!危ないから俺の後ろに下がっててくれ!」
ああ。
女冥利に尽きる。
こうまで言われてわたしは肚を決めた。
タクが、自分で下がるまでは決してこの二人の男に手出しはしないと。
ううん。ふたりの男じゃないね。
男の中の男と、クソ野郎とだ。
タク。
かっこいいよ。
「アンタ、冷血女だね」
男の連れの女が、ヒールによって嵩上げされた目線からわたしを睨め下ろしてきた。
くはは、って笑いながら噛んでいたガムを、ぷっ、てわたしの鼻の頭に吹き捨てた。
鼻腔に女の口臭が匂ってきたタイミングでわたしは下からやった。
「え、ええっ!?」
って女が声を出しかけた時にはわたしの右拳は女の顎を真下から抉り上げていた。
アッパーカット、っていうブローだよねこれって。
「お?オイオイ!何してんだテメエ!」
男が女の上の奥歯と下の奥歯が、ゴキン、って鳴った音に反応してる。女は多分舌を噛み砕く危険があったけどそんなのわたしの知ったことではない。
「オエ!オエっぷ!ウゲっぷ!」
わたしは右拳だけで三度女の顎を隙間ないタイミングで抉り上げたので女の声も三度隙間なく続いた。
「コラコラコラぁ!テメエなにしてくれてんだ!」
「待て!オマエの相手は俺だっ!」
タクが男の前に立ちはだかって、もっと来い!といった虎狼のような視線で後頭部への打撃を催促している。
「バカかあ!」
男は早く女のところに来てわたしのアッパーカットを止めたいのでとうとうタクの左頬を右拳て殴った。
「ぜんっぜん効かねえっ!」
タクは今度は右頬を誇示するように見せつける。
虎狼のような目つきのままで。
「く、くそぉ!」
男は左拳でタクの右頬を殴った。
「ふははは!オマエ、左がからきしだな!」
たとえ男のナマクラなパンチだとしても数を重ねればタクの骨格が歪んでしまうだろう。わたしは女への打撃の強度を増すと共に男に怒鳴った。
「あんた、早くタクに負けを認めなよ!」
「な、なにぉお?」
男の声が裏返っている。タクは追い討ちをかける。
「情けねえ野郎だな!」
男はまさかこの世で一番情けないと思っていた相手から言われると思っていなかったんだろうね。
ほんとうに気が狂ったようにタクを平手とか拳とかでなく駄々っ子がイヤイヤするような感じで叩き始めた。
それを観てわたしはアッパーカットのパンチを、極めて冷静に、正確に重くしていく。
わたしはタクがどうなっても構わない、タクも自分がどうなっても構わないっ、って肚を決めてるから。
潔いから。
「や、やめろぉ!」
とうとう男はタクの相手をするのを諦めてわたしを殴りに来た。
わたしは女の顎を下から鷲掴んで握力の極限でもって男に放り投げるようにして払い除けた。
男が動きを止めたところでそのまま後ろに回って、わたしの履いてるのはヒールじゃなくてカンバス生地のデッキシューズだから、硬いラバーのつま先を男の肛門に突き刺すように蹴った。
男と女はどうしてだか分からないけど、体育座りでへたりこんだ。
タクは多分奥歯の二、三本は折れてると思う。
でも、目は虎狼のままで。
ふん、ふん、という息遣いで足を肩幅に広げて立ってる。
わたしは後ろからタクをそっと抱擁してあげた。
そうして、一番言いたかった相手に怒鳴りつけた。
「あなたち、誰も助けてくれなかったね!」
そうしたらね、タクがわたしに言ったよ。
「え?あの女を誰も助けなかったって?」
つくづくタクっていいやつだ。
あ
「タク?」
懐かしい。
ほんの半年ほど前のことなのに、もう子供の頃からずっと遭ってない。
中学まで特別支援学級で中卒でスーパーの正社員になったけど3日で辞めたタク。
中学の後輩たちから『タク!タァーク!』ってバカにされてるタク。
バカにする子たちがほんとのバカだ。
「シャム…元気ないな」
「うつ病になっちゃって」
「えっ」
タクはデパート前の横断歩道で隣同士になって三っつ言葉を交わしただけでMAXの感情になってくれた。
「誰だよ!シャムを病気にした奴は!!」
タクの余りの言葉の激しさと…それから見た目で知的障害だという認識を持つらしく、わたしたちふたりの周りに視えない水門が連続音を立てて締め切られたと思った。そうしてその気配と、タクが一番忌み嫌うモノに対してタクは更に声を荒げていく。
「オマエ!シャムを笑っただろ!!」
タクのタクたる所以は決してやさしそうな人間には噛み付かないところだ。タクが指差して怒鳴りつけたのは上腕筋をより張りのあるように見せるホワイトスネイクのタトゥーをした半グレっぽい男だった。
「はあ?俺はテメエを笑ったんだよ」
「黙れ!女の子を笑うなんて最低の男だぞ!」
「バカか」
その男は、パン、と音を立てて右手のひらでタクの後頭部をはたいた。男の体の膨張具合に比例して手のひらの肉も厚かったので、重いはたきだったようでタクの顎がブレて上の奥歯と下の奥歯とがタクの意思とは連動せずにコチン、と音を立てた。
けれどもタクは男に向かって怒鳴り続けた。
「はあ。めんどくせえな」
男はタクの後頭部を三度連続してはたいた。一度目より二度目を強く、二度目の次の三度目は最高度の力を込めて、ビルドアップ走のようにはたいた。
わたしがタクの横に出ようとするとタクは言った。
「シャム!危ないから俺の後ろに下がっててくれ!」
ああ。
女冥利に尽きる。
こうまで言われてわたしは肚を決めた。
タクが、自分で下がるまでは決してこの二人の男に手出しはしないと。
ううん。ふたりの男じゃないね。
男の中の男と、クソ野郎とだ。
タク。
かっこいいよ。
「アンタ、冷血女だね」
男の連れの女が、ヒールによって嵩上げされた目線からわたしを睨め下ろしてきた。
くはは、って笑いながら噛んでいたガムを、ぷっ、てわたしの鼻の頭に吹き捨てた。
鼻腔に女の口臭が匂ってきたタイミングでわたしは下からやった。
「え、ええっ!?」
って女が声を出しかけた時にはわたしの右拳は女の顎を真下から抉り上げていた。
アッパーカット、っていうブローだよねこれって。
「お?オイオイ!何してんだテメエ!」
男が女の上の奥歯と下の奥歯が、ゴキン、って鳴った音に反応してる。女は多分舌を噛み砕く危険があったけどそんなのわたしの知ったことではない。
「オエ!オエっぷ!ウゲっぷ!」
わたしは右拳だけで三度女の顎を隙間ないタイミングで抉り上げたので女の声も三度隙間なく続いた。
「コラコラコラぁ!テメエなにしてくれてんだ!」
「待て!オマエの相手は俺だっ!」
タクが男の前に立ちはだかって、もっと来い!といった虎狼のような視線で後頭部への打撃を催促している。
「バカかあ!」
男は早く女のところに来てわたしのアッパーカットを止めたいのでとうとうタクの左頬を右拳て殴った。
「ぜんっぜん効かねえっ!」
タクは今度は右頬を誇示するように見せつける。
虎狼のような目つきのままで。
「く、くそぉ!」
男は左拳でタクの右頬を殴った。
「ふははは!オマエ、左がからきしだな!」
たとえ男のナマクラなパンチだとしても数を重ねればタクの骨格が歪んでしまうだろう。わたしは女への打撃の強度を増すと共に男に怒鳴った。
「あんた、早くタクに負けを認めなよ!」
「な、なにぉお?」
男の声が裏返っている。タクは追い討ちをかける。
「情けねえ野郎だな!」
男はまさかこの世で一番情けないと思っていた相手から言われると思っていなかったんだろうね。
ほんとうに気が狂ったようにタクを平手とか拳とかでなく駄々っ子がイヤイヤするような感じで叩き始めた。
それを観てわたしはアッパーカットのパンチを、極めて冷静に、正確に重くしていく。
わたしはタクがどうなっても構わない、タクも自分がどうなっても構わないっ、って肚を決めてるから。
潔いから。
「や、やめろぉ!」
とうとう男はタクの相手をするのを諦めてわたしを殴りに来た。
わたしは女の顎を下から鷲掴んで握力の極限でもって男に放り投げるようにして払い除けた。
男が動きを止めたところでそのまま後ろに回って、わたしの履いてるのはヒールじゃなくてカンバス生地のデッキシューズだから、硬いラバーのつま先を男の肛門に突き刺すように蹴った。
男と女はどうしてだか分からないけど、体育座りでへたりこんだ。
タクは多分奥歯の二、三本は折れてると思う。
でも、目は虎狼のままで。
ふん、ふん、という息遣いで足を肩幅に広げて立ってる。
わたしは後ろからタクをそっと抱擁してあげた。
そうして、一番言いたかった相手に怒鳴りつけた。
「あなたち、誰も助けてくれなかったね!」
そうしたらね、タクがわたしに言ったよ。
「え?あの女を誰も助けなかったって?」
つくづくタクっていいやつだ。