第220話 できないことをできないということはかっこいいことだ②

文字数 1,707文字

 整備工場は小さいけれども試走用のコースは広大だった

「さあ ここなら私有地ですからどれだけスピードを出してもいいですよ」
「わぁ…すごいね『ああ ほんとにすげえな コースに傾斜までついてるじゃないか』またまたゲンム 知ったようなこと言って 『ミコよりは知ってるつもりだぞ』ふふん何を言うかなこのおねえさんたら わたしレクサスのスペックとかだって知ってるんだから『ほう スペックだって? 面白い 言ってみろよ』 ‘前方車除去機能’があるでしょ『そんなもんねえよ! そりゃあヤクザが後ろに来たって思ってみんな避けていくだけだ!』」
「おいおいオマエひとりで漫才やってんじゃないよ」
「ううん おじさん せめて二人羽織って言ってほしいな」
「はぁ…園児に‘おじさん’て言われて面白がられてるようじゃ俺もヤクザとしてヤキが回ったな」
「おじさん子供いるでしょ」
「…そんなことオマエに言う必要無え」
「男の子だね」
「…」
「わたしと同じ5歳だ」
「…うるせえ」
「その子にサックス習わせてるね」
「…オマエ…」
「んで 留学先をニューオリンズにしたいんだ」
「おい社長」
「はい」
「てめえの会社は守秘義務とか個人情報とかダダ漏れにすんのか」
「すみません わたくしは何も話してはいなのですが そもそもそんな小さいお子さんがおられたんですね」
「じゃあおじさん続きね その子の名前は…」
「やめろ!」
「じゃあ名前はやめるけどその子のけっとうを綺麗にしたいんだね えっとゲンム『なんだよ』けっとうってどんな字書くの? モヤがさっき言った決闘とは違うんだよね?『ミコが言ってるのは‘血統’のことだろう 今の話で言えばこのオッサンが我が子かわいやの余りにヤクザの息子っていう血統をロンダリングしたいんだな マネーロンダリングみたいに』」
「おい! 手話で‘オッサン’なんて言うのかよ!」
「ごめんねおじさん 結局おじさんはヤクザが恥ずかしいんだね やめればいいのに」
「うるせえ!オマエらの軽四、廃車にしてやる!」

 話にならなかった

 モヤはすごい

 レクサスがどんなにパワーにモノを言わせて抜こうとしても全部予測してコースを潰して一度たりとも前に出させなかった

 社長のチューニングもすごい

 走行距離15万kmを超えた遥か昔のモデルの軽四なのにシフトチェンジの間隙がほぼ無いような走りが実現されてまるで履き慣れたランニングシューズで路面の起伏やその日の天候で接地状態がどうなるかまで織り込み済みでレース前のたった5分でアジャストしたらしい

 でもモヤはこう言ってくれた

「ミコが同乗してくれたお陰であのヤクザ 我が子の姿がチラついてカラダがこわばったんだろう」
「そうかなぁ」

 社長がレクサスの運転席のドアを開けた

「お客様 約束です 改心なさってください」
「う…あぁ まあその内な」
「嘘をつくな!」

 突然社長がヤクザさんに怒鳴りつけた

「他人様のメンツと金をむしり取ってる人間がどうして子供なぞ持てるのだ! しかもその子供に英才教育を施そうなど恥ずかしげもなく! その金はあなたの金ではないだろうが!」
「こ、殺すぞ!」
「だまらっしゃい!」

 社長が気迫だけでヤクザを沈黙させた

「わたくしはあなたたちのような人間がいちばん我慢ならないのだ! 自分達の世界の中だけでイキがっているのならばまだ見逃して差し上げてもいい! それをあなたたちは他人様の世界に踏み入って我こそは世の裏の裏まで知り尽くしてるんだって風を吹かす! そうではないだろうが! 本当に世の酸いも甘いも苦も楽も人間の残酷さや人情の機微を知り尽くしてるのは汗水垂らして働いてる人たちではないのか!」

 社長がヤクザの両肩を掴んだ

 そのまま前後にワシワシと揺さぶる

「ゅあ、ゅあくざゎにこんなことぉしてぇぇぇ、タダダダで済むと思うのかぁぅぅあわあああ」
「まだ言うか! まだ言うか!」

 わたしも社長の意気とど根性にただただ気圧されて自動口述が飛び出したよ

「おじさん」
「えぇ? うぇぇえ?」
「いい加減に改心しないと明日の夜息子がピーナッツを気管にひっかけてそれが摘出できなくて不着してた雑菌で腐食して肺炎になって死んじゃうよ おじさん」
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