第282話 現につらいひと

文字数 1,295文字

 世に落ちるとは本当に落ちるということであって 努力が報われたり運が味方して素晴らしい結果を残すことができるひとは落ちているとはいわない

 落ちているひとでないとダメだということのほんとうの意味をわかっていない

 天邪鬼と思うかもしれないけれど自分を一番低いところに置くひとこそホンモノだと思う

 一番低いというのはいかような努力をしようとも報われず誰か困っているひとがいるのに自分が幸福な道を辿ることをよしとせず最初から譲っているひとのことをいうんだろうと思う

 シャムはそうだったと思う

 幾世もかけてそうだったろうと思う

 嫉妬という感情で括ってもらってもかまわない

 多分今世に出ているひとはほんとうの意味ではホンモノではないから

 ほんとうの意味でのホンモノは自分が世に出ている状態をよしとはしないだろう

 むしろ誰かの踏み台となることを選ぶんではないだろうか

 世に出ているひとはその事実をもってだけで誰かを踏み台にしている

 どんなに素晴らしい人格や行いの持ち主であったとしても誰かを踏み台にしている

 ならばその素晴らしきひとたちの踏み台となるひとはどうなるのか

 どうもならない

 踏み台のままだ

 けれどもそれでいい

 落としに落とされてとことんまで落とされてそれでもまだ下があったのかと思うほど落とされに落とされたひとでないと分かり得ないことがある

 それを分かりたくもないというひとやさっき言った嫉妬や僻みだと捉えられるかもしれないけれどもそれが事実だ

 素晴らしきひとが成功しているその分野が何かを観てみるといい

 いっとき不要不急という言葉が流行ったけれども実にわかりやすい言葉だったと思う

 たまをなげ

 うける

 うつ

 はしる

 すべりこむ

 そういうことを世の最重要のこととして崇めたてまつることにどうして誰も違和感を覚えないのだろう

 それらの行為が悪いこととは言わない

 けれどもどこまでいってもそれは娯楽だ

 娯楽も必要だけれどもそれはどこまで行っても遊びだ

 遊びが世を幸せな気分にするのかもしれないけれどもそれは気分の話だ

 目の前のうつつをみただけでもわかるはずだ

 戦争をしているのに

 目を逸らしていいのかい

 耐えきれなくて死ぬひとたちもいるのに

 目を逸らしていいのかい

 救うべきは

 やさぐれたひと

 幸福を感じられないひと

 多様性というのならばこれほど多様性を無視した事象はないんじゃないのか

 スポーツがだめとはいわない

 けれどもスポーツは本来遊びだ

 自分がやって楽しむものだ

 あるいは純粋に娯楽的見せ物として楽しむものだ

 それを世のこのうえなき勝利の体現だとみることにはどうしても違和感を覚える

 オリンピックも同じ

 はしる

 すべる

 なげる

 きわどいいじめに遭っている子が燦然と輝く人間を観て救われるだろうか

 むしろより深い絶望に落ち込んでいくのではないか

 浮上できないひとたち

 負け続ける子たち

 苦しくて悔しくて涙が血に染まるひとたち

 そういうひとたちをこそ捨てない

 そういう子たちをこそ捨てずに向き合うためには

 落としに落とされた人間でないとできない業だろうと

 シャムは教えてくれたように思うんだ 


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