第121話 空と海とがひとつになる
文字数 1,123文字
モヤの操車は不思議だな
制限速度を守るのに
どうしてこんなに疾駆する
明星日の出をせなにして
空と海とが染め始む
彼女のヒールのアクセルを
くんと踏み抜く可憐さよ
わたしは大いに満足す
今日という日の始まりは
三千世界の光明を
ひと身にすべて浴びたもう
ああ今こそわれふたり
憧れの地に降り立たん
「さあ着いた」
モヤは車を停めてそうして助手席のただ放逸しそうになっているわたしの右手をね、左手でじゃなくてちゃんと体を90°ひねって右手で握ってくれた
手を繋いでシフトレバーをデッキシューズでまたいでモヤと一緒に運転席のドアから降りるわたし
なんでそうするかって?
だって、空と海とがひとつになるから
「ああ…」
「うん」
わたしの感嘆にモヤはきちんと語尾を止める力強い口調で返してくれたよ
「さあ、シャム。手を」
「はい」
ここへ来てわたしとモヤはとうとう繋いでいた手を離す
そうして背景が明らんでくるのにますます輝きを増す明星と
昇りくるお日さまが空と海とを同じ色に光らせてゆく太平洋に向かってそれぞれの手のひらを自分の胸の前で重ね合わせた
「南無大師遍照金剛」
「南無大師遍照金剛」
第二十四番札所 室戸山 明星院 最御崎寺
お大師さまが虚空蔵求聞持法の行をなさってとうとう虚空蔵菩薩さまを感応なさった洞窟
御厨人窟 みくろど
眼前に室戸岬の突端から、鳥居の額縁なのに無限の宏大さを感じさせる
「モヤ、わたしね。ほんとうに地球の反対側にある岬へ行ったことがあるんだ」
「過去世の話?」
「うん。Cape of Good Hope」
「喜望峰だ」
「そこは大西洋と太平洋がぶつかり合うすさまじい光景がみられるところ。でもねモヤ。この鳥居から観える空と海とは更なる広大無辺。今わたしたちが観ている室戸岬のこの黒潮はね。宇宙だよ」
「それは比喩?」
「ううん。比喩でもなんでもないよ。この黒く澄んだ美しい潮の流れが宇宙そのもの。もっと言おうかモヤ」
「うん。教えて」
「日の女神さまの艶やかな黒髪の流れ。虚空蔵菩薩さまの意識そのもの。その黒潮の水平線はね、お阿弥陀さまの化身である連峰の稜線がお日様の逆光で黒く黒く太く太く縁どりされて日の出を迎えるその瞬間と同じ」
「うん。シャム」
「はい」
「もっと言って」
モヤのリクエストに応えてわたしは比喩ではなく事実そのものを並べて連ねて教えてあげた
「日本の国じゅうにね、モヤ」
「はい」
「お日さまも月影も沁みて染みて温かで涼しくて朗らかで穏やかな光でね、誰ひとり漏らすことなくくるんでくれる」
「だから捨てないんだね、シャム」
「わたしの意志ですらないの。だってさ」
「はい」
「わたしも何度でも抱きしめて掬い上げてもらい続けてきてるんだから」
制限速度を守るのに
どうしてこんなに疾駆する
明星日の出をせなにして
空と海とが染め始む
彼女のヒールのアクセルを
くんと踏み抜く可憐さよ
わたしは大いに満足す
今日という日の始まりは
三千世界の光明を
ひと身にすべて浴びたもう
ああ今こそわれふたり
憧れの地に降り立たん
「さあ着いた」
モヤは車を停めてそうして助手席のただ放逸しそうになっているわたしの右手をね、左手でじゃなくてちゃんと体を90°ひねって右手で握ってくれた
手を繋いでシフトレバーをデッキシューズでまたいでモヤと一緒に運転席のドアから降りるわたし
なんでそうするかって?
だって、空と海とがひとつになるから
「ああ…」
「うん」
わたしの感嘆にモヤはきちんと語尾を止める力強い口調で返してくれたよ
「さあ、シャム。手を」
「はい」
ここへ来てわたしとモヤはとうとう繋いでいた手を離す
そうして背景が明らんでくるのにますます輝きを増す明星と
昇りくるお日さまが空と海とを同じ色に光らせてゆく太平洋に向かってそれぞれの手のひらを自分の胸の前で重ね合わせた
「南無大師遍照金剛」
「南無大師遍照金剛」
第二十四番札所 室戸山 明星院 最御崎寺
お大師さまが虚空蔵求聞持法の行をなさってとうとう虚空蔵菩薩さまを感応なさった洞窟
御厨人窟 みくろど
眼前に室戸岬の突端から、鳥居の額縁なのに無限の宏大さを感じさせる
「モヤ、わたしね。ほんとうに地球の反対側にある岬へ行ったことがあるんだ」
「過去世の話?」
「うん。Cape of Good Hope」
「喜望峰だ」
「そこは大西洋と太平洋がぶつかり合うすさまじい光景がみられるところ。でもねモヤ。この鳥居から観える空と海とは更なる広大無辺。今わたしたちが観ている室戸岬のこの黒潮はね。宇宙だよ」
「それは比喩?」
「ううん。比喩でもなんでもないよ。この黒く澄んだ美しい潮の流れが宇宙そのもの。もっと言おうかモヤ」
「うん。教えて」
「日の女神さまの艶やかな黒髪の流れ。虚空蔵菩薩さまの意識そのもの。その黒潮の水平線はね、お阿弥陀さまの化身である連峰の稜線がお日様の逆光で黒く黒く太く太く縁どりされて日の出を迎えるその瞬間と同じ」
「うん。シャム」
「はい」
「もっと言って」
モヤのリクエストに応えてわたしは比喩ではなく事実そのものを並べて連ねて教えてあげた
「日本の国じゅうにね、モヤ」
「はい」
「お日さまも月影も沁みて染みて温かで涼しくて朗らかで穏やかな光でね、誰ひとり漏らすことなくくるんでくれる」
「だから捨てないんだね、シャム」
「わたしの意志ですらないの。だってさ」
「はい」
「わたしも何度でも抱きしめて掬い上げてもらい続けてきてるんだから」