第137話 則天立私
文字数 1,179文字
モヤに告白したわたしは三十四番の札所 本尾山 朱雀院 種間寺 で善根を蒔き、三十五番の札所 醫王山 清瀧寺 でココロに水を汲み、その後でふたりで草花が観たくてこうして土手に立って陽光のなかで風に吹かれている
されるがまま
なすがまま
でもそういうことじゃない
「あれ?落書き?」
「ううん。彫ってあるよ」
標高を示す木柱かと思ったら数字の記載のない柱が立っていて、その正面に将棋の駒のような掘り方と墨とでこう書いてあった
「則天立私」
「ソクテンリッシ?」
モヤに意味を解説しなきゃと一瞬思ったけど、目を落とすと少し錆を帯びた鉄のプレートが木柱に立てかけてあって、縁どりの錆以外は白のペンキ地に黒い毛筆のようなやっぱりペンキの字でこう書かれてあった
「『みなさん、私たちの身体や心は神さまから頂いたものです。大切にしませう。私に一天を加えると和になります。ホントウの平和も幸福も、こゝから生れます。』…旧かな遣いだからずっと昔のひとが書いたんだよね…」
「多分、大戦の時じゃないかな」
和
多分日本っていう国の根本にずっと流れる優しいココロ
決してそれは忖度で仲間ウチの似非の信賞必罰を推奨するものでなくって、聖徳太子さまがおっしゃったホントウの意味での「和」
ホントウの平和
ホントウの幸福
ホントウのそれらがあるということはニセモノの平和もまたあるということだ
ニセモノの幸福もまたあるということだ
ずっと昔の文豪がこの境地を目指したっていうことは、小説家という人種はそれを目指すべきってことじゃないの?
「シャム。なんかややこしい顔してるね」
「えっ。難しい顔じゃなくって?」
「うん。なんていうかな、こういうことでしょ?」
モヤがそう言って目をつぶったので、わたしも一緒になって目をつぶってみる
大きなブックシェルフが前頭葉のあたりに浮かび上がった
由緒ありげな重厚な木製の本棚
材質もその重厚な設計に応じて古木の大木が使われているようだ
わたしはその本棚の前にモヤとふたりで立っている
どうやら巨大な書籍店の上階にある啓蒙書のコーナーみたい
わたしはこの愛おしいほどの木で造られたブックシェルフの枠の中で背表紙と時折面表紙を見せた紙の本たちの内容はどんなだろうと胸躍らせた
けれども
「モヤ。行こう」
「えっ。もう?まだ来たばかりだよ。シャムって本屋では長居するタイプじゃないの?」
「ホントウはそうだけど、ここにある中にホントウのことが書いてある本が一冊もない。一行たりとも」
「…そう…」
「だからやっぱり、誰かが書かないと」
ほんとうのことを
「ほんとうのことを誰かが言わないと、永遠にこの世にホントウの平和も幸福も顕現されない。でもモヤ、安心して」
「シャムが書くから?」
「ううん。いつか書くけど、書くまでもない」
そうだよ
「四国には、それが、もうあるから」
ずっと前からね
されるがまま
なすがまま
でもそういうことじゃない
「あれ?落書き?」
「ううん。彫ってあるよ」
標高を示す木柱かと思ったら数字の記載のない柱が立っていて、その正面に将棋の駒のような掘り方と墨とでこう書いてあった
「則天立私」
「ソクテンリッシ?」
モヤに意味を解説しなきゃと一瞬思ったけど、目を落とすと少し錆を帯びた鉄のプレートが木柱に立てかけてあって、縁どりの錆以外は白のペンキ地に黒い毛筆のようなやっぱりペンキの字でこう書かれてあった
「『みなさん、私たちの身体や心は神さまから頂いたものです。大切にしませう。私に一天を加えると和になります。ホントウの平和も幸福も、こゝから生れます。』…旧かな遣いだからずっと昔のひとが書いたんだよね…」
「多分、大戦の時じゃないかな」
和
多分日本っていう国の根本にずっと流れる優しいココロ
決してそれは忖度で仲間ウチの似非の信賞必罰を推奨するものでなくって、聖徳太子さまがおっしゃったホントウの意味での「和」
ホントウの平和
ホントウの幸福
ホントウのそれらがあるということはニセモノの平和もまたあるということだ
ニセモノの幸福もまたあるということだ
ずっと昔の文豪がこの境地を目指したっていうことは、小説家という人種はそれを目指すべきってことじゃないの?
「シャム。なんかややこしい顔してるね」
「えっ。難しい顔じゃなくって?」
「うん。なんていうかな、こういうことでしょ?」
モヤがそう言って目をつぶったので、わたしも一緒になって目をつぶってみる
大きなブックシェルフが前頭葉のあたりに浮かび上がった
由緒ありげな重厚な木製の本棚
材質もその重厚な設計に応じて古木の大木が使われているようだ
わたしはその本棚の前にモヤとふたりで立っている
どうやら巨大な書籍店の上階にある啓蒙書のコーナーみたい
わたしはこの愛おしいほどの木で造られたブックシェルフの枠の中で背表紙と時折面表紙を見せた紙の本たちの内容はどんなだろうと胸躍らせた
けれども
「モヤ。行こう」
「えっ。もう?まだ来たばかりだよ。シャムって本屋では長居するタイプじゃないの?」
「ホントウはそうだけど、ここにある中にホントウのことが書いてある本が一冊もない。一行たりとも」
「…そう…」
「だからやっぱり、誰かが書かないと」
ほんとうのことを
「ほんとうのことを誰かが言わないと、永遠にこの世にホントウの平和も幸福も顕現されない。でもモヤ、安心して」
「シャムが書くから?」
「ううん。いつか書くけど、書くまでもない」
そうだよ
「四国には、それが、もうあるから」
ずっと前からね