第178話 四国一の極善人

文字数 1,671文字

 そいつの名前をまだ言ってなかったよね

 ゼニン、だよ

 漢字表示で善人、アルファベットでZennyn

 ふざけてるよね

 でもそいつにはぴったりの名前だって思うんだよね

「モヤ まさかご尊顔を拝めるなんて」
「ほんとうは花まつりの日にしかお出ましになられないんだけど、今ちょうど宝物庫の一部改修でこちらに安置し奉られてるから、運が良かったね」

 お釈迦さまの、涅槃像

 わたしがとても興味深いのは、お釈迦さまが涅槃に入られる時に、鳥獣虫ありとあらゆる生類が集まってきてその最期の時を共に過ごしたというエピソードだ

 わたしは強く想う

 虫はひとだ

 鳥はひとだ

 獣はひとだ

 花はひとだ

 草はひとだ

 樹木はひとだ

 地中の微生物も

 海のプランクトンも

 鉱石も

 岩石も

 石炭も

 石油も

 およそ生きとし生きるもの動かなくてもこの三千大千世界を構成するものすべてが

 ひとだ

 そうして鳥獣虫花草樹木すべて人間には創れない

 神仏にしか創れない

 だから、ひとなんだ

 宇宙の起源を探究などしなくても答えは最初から出てる

 弘法大師さまが具現なさった、虚空蔵求聞持法のその結果が答えのすべてだ

 大日如来さまの司るのが宇宙のすべて

 ただそれだけの話

「それをアイツは」

 わたしはモヤが案内してくれた美術館に向かう

 そこに管理をお寺から委託されている絵がある

 お不動さまと童子さまおふたかたを描いた像

 お不動さまは奴僕の行のその青いお肌の右手にはスリムで長い剣を垂直に立ててお持ちになられ、左手のひらには柔らかく縄を垂れさせて

 背中には渦巻く炎を負っておられる

「モヤ 過去世でね、わたしは美術館の一室で皮膚を剥がれそうになったことがあるの」
「ええっ」

 驚いてみせているがモヤは別に当然そういうこともわたしにはあったろうという暗黙の了解をたたえつつ続きを聴いてくれた

「皮膚商人にね、背中に入れたお不動さまの刺青をね、皮膚ごと剥がされてオークションにかけられそうになったの」
「入札金額は?」
「最低保証35億」

 つまらない遠回しじゃなくってお金のことを聴いてくれたモヤがほんとにいい

「シャムって、ほんとにつらいことが多くてかわいそう」
「でもその時は大丈夫だったんだ 反対に皮膚商人の右目が潰れてしまったけど」

 本題に戻った

「ゼニンは根っからの善人だよね 腹立たしくも」
「そうだねシャムの言う通り ゼニンはこの上ない善人だね」
「ところでモヤ」
「なにかなシャム」
「わたしがいわゆる悪人正機の悪人に対する何事にも誇る善人ていう意味で言ってるわけじゃないってことはわかってくれるよね」
「うんわかる」
「ゼニンは卑怯なまでに善人 あらゆることをスルーして誰かの傘を言い訳に差す」
「うんわかる」
「だからゼニンは自分のラグジャリーのタネだったカイチョウが薬物注射で極刑に処されるときも、すべてをスルーしてた ああ言えばこう言う こうすればああする 『動けよ!』と言ったらなにもしない 自分ではなにもしない なぜならそれが一番得だとわかってるから」
「『○○しろ』って言ったときも、自分はなにもしない 図解してきみはここだあなたはそこだわたしは頭脳だってなにもしない なにもせずに全員殺した」
「うんわかる」
「ほんとにほんとに全員殺した」
「うんわかる」
「だからわたしがいいたいのは」
「うん」
「知らぬ存ぜぬだからこう言ったこうしたこう言わなかったこうしなかった、あまつさえ」
「うんわかる」
「『お前がそんなに無理にでも言わなかったからしなかった、そんなに無理にでも止めなかったからした、親に『もっと勉強しろって言ってくれればよかったのに、ってレベルの、善人」
「うんわかる」
「どうして済度すればいいって想う?」
「シャム やっぱりその恩人のココロにしたがうため?どんな悪逆の徒であろうとも『済度』して救ってあげるのがお阿弥陀さまの本願だから?」
「ううん」
「えっ」

 今度こそモヤは驚いた

「恩人のココロはそのとおり けれども愚かなわたしは、いまだ凡夫のわたしはね」

 さあ、言おうか

「『済度』されることがなによりそいつの屈辱だから」
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