第184話 point 52 stairs above on area 75th

文字数 4,530文字

 75番

 お大師さまの生誕の地

 箸にも棒にもかからぬ者を済度すべき場所

 第七十五番札所 五岳山 誕生院 善通寺

「モヤ 助けてほしい」
「どうしたの?シャムが助けを求めるなんて」
「モヤ わたしはね 過去世においてこの善通寺の五色の紐で編まれた守護の念珠の輪をね 無くしたんだ」
「えっ…恐ろしい」
「その時ちょうど老人を介護している時期で、スーパーへ買い出しに行った時の駐車場で落としたんだと思ったんだ それでね ちょうど真冬で雪の中に落としてしまったみたいで 除雪車が通った後で 見つからなかった」
「恐ろしい…」

 モヤは慰めの言葉の前に『恐ろしい』を二度言った

 わたしもそれがわかっているからモヤを冷たいとは思わない

 恐ろしい所業を成したわたしを猛省するよりない

「でね、モヤ わたしは春になっても探し続けたけどついぞ見つからないまま次世へと移った 未だに悔いても悔いきれない なぜかわかる?」
「たぶんその介護していた老人たちは失くさずに持ってたんだろうね」
「うぉっ…」
「シャム泣かないで」

 ここまで来てようやくモヤが慰めの言葉をかけてくれた
 わたしはだからほんとうにわたしが懸念していることの本質を伝えた

「ゼニンがその五色の念珠輪を手首にミサンガのようにして着けてこないかと恐ろしくて」
「シャム まさかあの弘法大師さまを謗ったゼニンが着けて来るわけ」
「あるんだよモヤ ゼニンはそういうタイプ むしろ経典だろうと法具だろうと寺院だろうと、我が身を強者に見せるためのアイテムでしかない」

 そうだよ

 アイツら、ホンモノの仏さまさえアイテム化

「シャム 来たよ」

 レクサスがシャコタンになっている

 車の底をアスファルトに擦らないかと心配になるぐらいの低い車高に改造して

 果たしてゼニンは着けていた

「シャムさん この紐、あなたのでしょ?」
「盗ったのはあなただったのね 紐って言うな」」
「ほとけから『捨てられた』と泣きだすあなたを観たくてね」
「泣き出しはしなかった嘆きはしたけど」

 ココロはもはや静けさに漂う心地していたので、ゼニンに訊いた

「あなたがただ漫然とこのエリアに入ってきただけのことでしょう?それはあなたの罪なんでしょう?」
「それが起きたことの説明だったとしても、だからどうしたのですか?とワタクシは優しく微笑みかけねばなりません 不浄のあなたたちのためにね」 
「ちがうそうじゃない 清らなるものを、ほんとうの清らにするためには時として強引に仏の語る実学をあの士業の一家がそうだったように、正しいものを正しいと言いほんとうのことをほんとうのことということを遮ろうとする人間をわたしはどうあっても許せない」
「ふは 『恩人』が聴いて呆れますねえ。結局は『カネ』じゃないですか」

 わたしはゼニンの言葉からも反れずにでも背筋に力を入れて反るぐらい真っ直ぐに立ってもう一度聴いた

「何、聴いてるの?」
「音楽」
「誰の曲?」
「U2」
「うそだ」
「ばれたか」

 滅ぼした、ってわたしは速いテンポの曲にあわせて体をゆすったよ

 
 でもフェイクだった

「シャムぅ!」
「なに」
「法敵との法論、受けて立てよ!」
「もとよりそのつもり だからなに」
「ハンディだ!」
「なに言ってるの」
「そなたらごときに我らが負けるわけがない!配信してる」

 ああ

 得意そうだよね、こういうの

「わたしたちが負けたら、法敵が増えるし、かつて友達だったとしてもそれはわたしと交友関係を持っていたら『映える』んじゃないかっていう安直な打算でしょう」
「そういうことも別になんとでも言うことだ ワタクシの提案はこれだ」

 『論破』の二文字が

「はやりなんだろう」
「すたりだよ」

 論破というのはそもそも無理やりな所業だ

 詭弁でもってほんとうでないことをそれっぽくほんとうとするための

 最初からほんとうであるものに議論の余地などないのに、ニセモノをホンモノとすり替えたくて論じる

 世界観を振り回す

「ところで君たち今日のSNSのトレンドは見たかな」
「なに」
「『弱い者がいじめられる』これが常識」
「待って」
「待たない」
「なぜ『弱い者がいじめられる』を議論の対象にするの?」
「それがほんとうだから。弱い者がいじめられるのがほんとうだから」
「ちがう 弱い者がいじめられるのは虚仮の世界 真の平和の高天原ではいじめなど許されない」
「それはそなたらの神さまの話だろう。ワタクシは我々の神と仏の話をしている」
「詭弁だ」
「モヤさん。そういう決めつけをすると侮辱罪で訴えますよ」
「ほんとうのことをほんとうだと言ってそれが侮辱になるのか」
「もう論戦は始まっているととらえてよいわけですね」
「始まっていないし永遠に始まることはない」
「なぜですか、シャムさん」
「いじめられる人間こそが英霊だから」

 ・・・・・・・・・・・沈黙があった

「うあぅ!なぜそれを!」
「知らいでか 言ってやろうか なぜに国策でいじめを根絶しようと動かないか なぜ『いじめはゼロにはできない』などという怠惰な主張が一定数の人間の間にくすぶるのか」
「うぁぅお!言ってみろぉぃ」
「いじめられる人間がいた方が、損な役回りになりたくないという競争心の維持につながるから 得なことをすることが…つまり経済合理性のある行動を選ぶ方がいじめられないためにいじめられる人間を生み出すのに都合がよいから」
「ふふ。知っていたとでどうできる」
「どうもしない ただ、あなたたちが詭弁で都合よいカネ儲けをしようとするならば、英霊たちは戦争に行くことはない、ってこと あなたたちが勝手に戦争を始めるなら自分で爆弾をいじってその爆弾でケロイドになって」
「被爆者を貶める発言だ」
「どこが いじめられる人間を貶めることこそ被爆者を貶めること」
「なぜだ」
「わかっているくせに 被爆者は英霊 数十万人の一瞬で命を失ったひとたちは、英霊と同様に戦って死んだんだ 『損な道を選び続ける』ことは戦士のふるまいだ」

 きべんだー!という声がわたしに浴びせられる

 ゼニンはオンラインミーティングのアプリを開きっぱなしのノートPCを自分たちの信者の施設にまるでパブリックビューイングのようにプロジェクターで映し出して気勢をあげて奇声をあげている

 わたしは反論しない

 反論するまでもない

 わたしは今、恩人のココロでもって語ることができているらしいから

 ゼニンは必死に仏法論争に持ち込みたがっている

 けれどもわたしはそうじゃないと察知している

 わたしが今この場でほんとうに発言すべきことはたったひとこと

「あなたたちは、武士では、ない」

 ゼニンの表情が一瞬止まったように観えた

 それからまた動き出した、口から先に

「我らこそ国を想い平和を実現する集団だ!」
「しない なぜならあなたたちは、武士では、ないから」
「ワタクシどもは武士だ!」
「事実と異なることはそもそも議論に値しない だからわたしは事実を列挙する いい?」

 許可など取るつもりはない

 だから、一方的に示す

 なぜならわたしがこれから言うことは、英霊たちが有無言わさず招集されならぬかんにんをして戦って死んだその事実の積み重ねであったから

「言うよ」

 ・ いじめに遭う子たちは英霊だ

 ・ なぜなら赤心のまごころで自分が一手にそれを引き受けて他の子たちがいじめに遭うことを防ぐからだ

 ・ いじめに遭うこたちはまことの武士だ

 ・ なぜなら常に『損な方』を選び続けるからだ

 ・ だから英霊こそまことの武士だ
   そうして常に『損な方を選び続ける』そのまごころによって、ついには『神』と祀られ、こうして全国各地の護国神社におわすのだ

 ・ 片や『弱い子がいじめられる』と語る人間は老人だ
 ・ それも憐れなる老人だ

 ・ なぜなら老いて若き日の不摂生のために膝を痛め寝たきりになる一歩手前の状態にありながら『一億総活躍』などと老人の身の自分達が言ってて虚しくなるようなことを後ろめたさのかけらもなく言い切れる老人だからだ

 ・『弱い子がいじめられる』と語り『いじめられる側に原因がある』と言う老人は、床ずれと魚の目と誤嚥に悩まされ、吐き気のするようなおぞましいsexを今だにやり、認知症となり下の世話をしてもらう末路を知ってか知らずか自分を強者と錯覚するからだ

 ・ ほんとうに賢いひとは、自分が弱きことを知っている

 ・ ほんとうに、英霊のように人を救うことのできる人間は、『弱い』人間こそが、介護という武士道を貫徹できることを知っている

 ・ ここでいう『弱い』とは、たとえば親鸞聖人がいうところの『悪人』という概念であろう

 ・ あるいは恩人が言うところの『愚かなわたしが筆を染め』ということであろう

 ・ さあみなさん、ホンモノの仏すら『愚かなわたしが筆を染め』と歌った

 ・ あわれなる老人よ、貴様はなんだ

 ・ 貴様は下の世話を受け、三度の食事を嫁いできた嫁に用意してもらっていながら、あるいは若きひとたちの慈悲に生かされている身でありながら、なぜにそんなに威張れるのだ

 ・ どうしてそんなに歪んだ笑い顔ができるのだ

 ・ ポータブルトイレに小便や大便をしていることを『まだトイレもひとりでできる』とうそぶき

 ・ お情けで若いひとたちは老人をいじめないでいてくれるのを、どうしてそんなにふんぞりかえって、ふん!ふん!と薄ら笑いでいられるのだ

 ・ さあ、聴けよゼニンよ

 ・ 英霊の中にはわずか14歳で少年航空兵に志願し、17歳で出陣し大空の清涼たる大気として散った魂がおわす

 ・ その魂はまさしく楠木正成親子が七度生まれ変わっても国を護ると奮戦したその魂と寸分違わず、現にさきほど愚昧で陰険たる隣国から撃たれたミサイルを撃墜したトンビたちの中にその少年航空兵の魂もおわしたろう

 ・ その英霊は永遠に17歳のままで三度四度七度までも生まれ変わって国土と国民を護っているというに

 ・ そなたはなんぞ

 ・ カルトの教祖に表面上はこびへつらいながら自己実現のためにのみBC兵器で日本の神仏と皇室の大切な子孫である国民の命をないがしろにし、そして貴様の本性は実は『弱い子がいじめられる』とほざいたその老人と一致しているというか同一人物ではないか

 ・ これは厳然たる事実であり
 
 ・ 議論の余地なし

 ・ 散れ、自分の生まれ育った家の祖先が護ってきた神棚も仏壇も捨て去り、決して救われぬカルトに身を弄ばれるものどもよ

 ・ 散れ
 
 ・ 散れ

 ・ 徒党を組むな

 ・ 早く神棚に祀られし天照皇大神宮さまと氏神さまのお札に五体投地で懺悔し、謝り果てぬか!

 ・ まだわからぬのか卑怯者ども

 ・ あなたたちは自らがなすべきことをなすのが嫌なだけで、だから『ほんとうのこと』を真正面から神光照徹でお情けをかけてくださる神さまから逃げ、都合よい邪神をでっちあげているだけの話だろう

 ・ もしもあなたが

 ・ もしもあなたが認知症で介護施設に放り込まれることを回避できない『弱い老人』であったならば

 ・ いじめられても仕方がないね

「シャムぅ!!」

 教祖のフォロワーに見えて実はああ言えばこう言うゼニンのフォロワーだったカルトの信者たちは

 おうおうおうと泣き始めたよ


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