第273話 慢心取違は邪魔となる

文字数 1,755文字

 慢心は怒りを生み出す

‘我ほどの者がどうして’

って

 取違は逆さまの原因となる

‘我こそが正しい’

って

「『どうしてこんなことに』」

 散歩がてらゲンムの高校までついて行ったら校門のコンクリートに大型のタンクローリーが激突していた

 校門の門柱は2mほどの高さなのでそれよりも高いタンクローリーの運転席のフロントグラスは割れずにそのままの形を保っているけどバンパーから運転席の間の部分は門柱の直角の部分の形どおりにめり込んでいる

 運転手が小山のようなその運転席から顔面蒼白で降りてくる

「すんません!大変なことをしてしまって…!」

 先生たちは全員職員室から出てきて生徒を避難させようと大声を張り上げている

「グラウンドに退避するんだ!早く!できるだけ車から離れて!」

 先生はタンクローリーの運転手にも声をかける

「もう警察と消防には連絡しました!あなたも早くグラウンドへ!」

 けれども運転手はその場で立ったままこわばっている
 重心が右にかけられているのは少しでも何がしかの力を込めていないと自分の責任を果たせないようなそんな気になっているのだろうと思う

 ゲンムがいつの間にか走り出していた

「ぅはぁひゃふぅ!」

 声にならないけれども渾身の大声を出してゲンムはその運転手の手を引いて走り続ける

「ひふぉもぉ!ぁひゃふぅ!」

 手話でなくわたしにも『早く!』とうながしてくれた

 けれどもわたしはそうはいかないみたい

 シャムがわたしの隣にいる

『ミコ 怖い?』
「ううん ちっとも」

 シャムのその声はまるでゲンムが手話で話しかけてくるような 耳の鼓膜でなくて御身に直接全霊で語りかけてくるようなそんな知覚の仕方できこえてくるよ

 ううん 知覚じゃなくて 心覚だね

 ココロが覚めるとは覚醒ってことかな

『ミコ あの運転手にかかった悪神はね ゲンムを門柱とローリーの間に挟んで圧殺するつもりだったんだよ けれどもあなたは今日ゲンムに付き添って登校してくれた そのお陰でゲンムだけじゃなく巻き添えで圧殺されるはずだった生徒をも救った さあ ミコ やってくれる?』
「うん やるよ ううん ‘させて頂くよ’」

 シャムは悪神が方針変換したっていう

 圧殺に失敗したなら火を点けよう

『ミコ あなたのカラダも傷つくかもしれない いい?』
「うん いいよ ちょっとだけなら」
『ちょっとで済むようにわたしも祈るね』

 彼女は走ってきた

 ハッチを開けるために

「ああまってたこのときを わたしはGSでバイトしてたからローリーからガソリンを荷役してタンクに入れるときに操作法をみてたからできるのだ ああまってたこのときを」

 まるで歌のように詠じながら手にはBBQのかまどにでも使うような着火用の細長いライターを持って けれどもその長さぐらいでは点火したときの我が身の安全を確保できないということは十分認知できるそういうライターを持って彼女はほんとうに嬉しそうに笑いながら裸足で走ってくる

 消防や警察が来る前にコトを済ませようとして靴を白時間すら惜しくてそうして走ってきたんだろう

 齢アラサー

 わたしはどうやってとめようかっていうその方法もシャムから聴きたかったけどもその必要はないのだと

 シャム自ら言った

『ミコ あなたのカラダと魂を使わせてね』
「うんいいよ シャムの好きなようにして」

 わたしの意思はもう捨てた
 わたしの石を投げ捨てるみたいにして

「あ」

 彼女は立ち止まった

 おそらくはわたしの目を観て

 悲しくもないのに恐れもないのにわたしのココロとはまったく関係なく

 わたしの両方の目から流れる涙を観て

「どうしたの? かわいそうに…」

 彼女はそう言ってしゃがんでライターの点火をためすためにチッキチッキと鳴らしていたその人差し指と親指とでわたしのほおを伝う涙を拭きあげてくれた

「おねえさん 死なないで」

 この言葉すらシャムの意図

 おねえさんは泣き崩れた

「ごめんね! ごめんね! わたしこわいこと考えてたね! 小さいあなたまで燃やそうとしてたね! ごめんね!」

 そうしたらね またシャムの声がわたしの御身に聴こえてきた

『ミコ このひとは悪神にとりかかられてただけ うらまないで ミコ悪神もうらまないで 悪神も取り違えしてて自分のことを悪と気付けていないだけ だからうらまないでね』
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