第185話 売星奴

文字数 3,418文字

 けれども老人が老人たる所以は常に『これ以上の所業はないだろう』と思うことを簡単に超えてくるところだろう それは台所の床に大便を垂れながらも「知らぬ」と都合よく老人ぽい顔をして老人のメスオスがまるで今でもおぞましい性交渉をしているようなひそひそ声で結託した上でメインの介護者に対して「大便したのはお前じゃないのか?」と言いのけるオスの老人と「もうどうでもいいじゃない」とはぐらかそうとするメスの老人のようにゼニンも軽く超えてきた

「先生、待ちかねました」

 ゼニンが立つ隣に小人ではない長身、大体3mほどだがおそらくウエストは拳ひとつ分しかない痩身の黄色人種が立っていた

「シャムさん これがイセイ先生だ」
「え 異性?」
「異性じゃないイセイだ」
「一斉?」
「一斉じゃないイセイだ」
「伊勢い?」
「なんだ伊勢いって イセイだ」
「えーと 威勢?」
「惜しい」
「じゃあ、もしかして」

 わたしもその風貌を観てステレオタイプの想像力しかないかと思ってたけどそれで合ってた

「異星先生だ」
「異星先生」
「異星センセイ」
「『センセイ』とカタカナで呼ぶなよ 恥ずかしい政治家みたいだ」

 しゃべった

 日本語を

「じゃあ…異星先生 あなたはどこから?」
「異星」
「それは観ただけでわかるよ そうじゃなくてどの辺から?とか?
「じゃあE星」

正体を観せないことがまた修行であるという考えを受け入れるべきなのかもしれないが、そうもいかない

ここは日本国でわたしたちは四国八十八ヶ所のその大元たる弘法大師さまの生誕の寺院にいるのだから

「ゼニン」
「なんですか」
「地球を、売るの?」
「はいそうですよ なにか?」

 国を売る奴を売国奴という

 星を売るなら売星奴か

「異星先生」
「なんだい」
「どうやって地球に来たの?」
「日本の小惑星無人探査機に乗って 自分で飛ぶこともできるけどわざわざ運んで貰えて楽ちんだったよ おそろしくのろいスピードだったけど」
「目的は?」
「ゼニンにお聞き」

 ゼニンは水を得た魚のように語り出した

「そりゃあもう宇宙の起源を一緒に解明するためさ いや別に解明できなくてもいい 異星先生がどっか宇宙の最果ての星出身ってことにして大日如来より偉いってことにしてしまえばワタクシたちは空海を超えることになるからね 利害の一致さ」
「まったくそうさ ボクだってほんとは宇宙の辺境からたまたま来ただけだけどこの星なら神よ仏よと崇めてもらえるんだからね」
「異星先生、ワタクシが人間の中では最上の地位を持てるようご配慮願いますよ その暁にはワタクシがとりあえずは人間どもの上に立つ存在として君臨して異星先生のほんとうの目的のために一肌もふた肌も脱ぎますから」
「この間この女の子は皮膚を剥がされたことがあると言ってたねえ」

 ピーピングのやからだ、こいつも

「それは過去世とやらの話だなんて言い張ってるんですよ 過去世も来世もない、人間なんて現世が終わったらそれで仕舞いなのに だから生きてる内にやりたい放題都合よくやればやり逃げなのに」
「ちょっと待てゼニン」

 モヤが顔面蒼白になってゼニンに言った
 ココロから言った
 ホンキで言った

「ゼニン お前は仮にもカルトじゃなかったのか?すべてにおいて間違ってるけど、ただひとつ、‘カルトにホンキ’じゃなかったのか?」
「ああ…頭の悪いお人好しですねモヤさんも そんなわけないだろう 釈迦やらカルマやらをでっち上げてそれで別に神になりたいわけでも仏になりたいわけでもない 呼び名がなんだろうと一番になりたいんだよワタクシは 全員を平伏させたいだけだよワタクシは よく考えたら野球は棒切れで球を打つだけの行為なのに、スケートはくるくる同方向に回るだけの行為なのに テニスなんぞぱこぱこするだけの行為なのに 金メダリストが人類全部から祝福されてるみたいな勘違いに陥るああいうののもっと甚だしいやつになってみたいんだよワタクシは」
「ゼニン お前の教祖さまはじゃあなんだったんだ?」
「キモいおっさん」

 わたしは断言する

 異星先生はよその星から来たというだけで神でもなんでもない

 ただ単に背のでかいよその星の人間だってだけだ

 ゼニンなどは

 人間の形状をしている虚仮でしかない

「南無大日如来さま 南無観世音菩薩さま 南無不動明王さま こやつらに大宇宙のほんとうのことを叩き込んであげてください」
「はは 女の子よ 何を言ってるんだい」

 上空から羽を畳み込んだ鳥が一羽、急降下してくる

 それは高度を下げる前に最大スピードで大地に身を投げるような加速をした上であったので隕石のごとく空気との摩擦で電光石火のバヂバヂィ!という音と閃光を明けている空になのに直視できないほどの光のラインを真っ直ぐに作って、その軌道通りに降下してくる

「あ?トンビぃ…」

 すべての言葉を言い切る前にその鳥は異星先生が着ているおそらくゼニンに借りたのだろうと思われる白いシャツの襟に爪を突き抜けさせてうなじのあたりに喰い込ませ、そのまま宙へと引き摺り上げた

「南無神の化身たるトンビよ 南無英霊の生まれ変わりたるトンビよ この憐れなる異星のひとを、どうぞ生まれ故郷の辺境の星へと送り返してあげてください」

「はは…」

 ニヤけ半分は涙目になった3mの異星先生はうなじの肉片をトンビの爪が貫通した穴から血と同等の体液が流れるそのカラダをあっという間に成層圏を突き抜けてそのオゾンホールから観えるま黒な宇宙空間へ向けて消えていった

 さてわたしは残ったゼニンに説教する

「トンビがタカを産むなどということわざは極めて迷惑しごくな話であって、さきほどあなたも観たようにトンビは神の遣いだよ」
「ちがう」
「ならばあなたもトンビに連れ去ってもらおうか」
「いやだ」
「ならば毎朝あなたの家におわす先祖が護り通してきた神仏にひれ伏すか?」
「しない」
「ならば自らをロウソクと化して神仏への功徳のために数千年にわたりその身を灯明と変えてご供養しつづけるか」
「やだやだやだ」
「シャム、これって子供返り?」
「そんなかわいいものじゃないよ ただの病気」

 その後モヤとふたりでなんとかしてゼニンを済度せんとして『ほんとうのこと』を片端から問答した

「ゼニン『神も仏も一骨分身にして別あるにあらず 衆生済度のために仏と神と現れ現世には人間の長久を守り給う これによって日本を神国と申すこともこの謂れなり』これは法然上人のご法話の一節なんだけどこの通りだと思わない?」
「思わない」
「ゼニン『山家の伝教大師は国土人民を憐れみて七難消滅の誦問には南無阿弥陀仏を称うべし 一切の功徳にすぐれたる 南無阿弥陀仏を称うればこの世の利益きはもなし』どう思う?」
「なんとも思わない」

 どうすればゼニンが『ワタクシが悪かった』とシャッポを脱ぐのだろう

 どうすればこの憐れなる、ああ言えばこう言うことしか能がなくいざとなったらすべてを他人が自滅したかのように見せかけて自分は安全地帯から一歩も出ることができないだろうその子をわたしは

 済度できよう

「シャム 苦しいだろうけどしっかりして」

 ほんとだ
 
 モヤの言うとおりだ

 わたしは別にゼニンの言葉に付き合う必要はない

 ああ言えばこう言うだけの自分の都合がよくなることだけを考え続けてきたゼニンが吐き出す事象そのものには何の感慨もない

 惜しむらくはゼニンの先祖

 ゼニンの子孫

 ゼニンが娑婆にいる間になんとか功徳を積ませないと

 ゼニンが仮に助かったとしてもゼニンの業で子々孫々どころか成仏できて極楽にいるだろう先祖たちもゼニンの極悪でキレた言葉・動作・ココロの動きのせいで、全員地獄堕ちとなるだろう

 そうしてなぜか助かってしまったゼニンは、極楽の端っこの蓮の池の隙間から自分の大切な人たちが全員地獄堕ちとなって釜の熱流で底まで沈んでまた浮いてくる親の様子や拘束具で足首を固定されて逆さに吊るされ、股の性器の部分から鋸の歯を引き始められ、さらには下腹部、尻の割れ目、そうして背骨のちょうど横1mmほどの部位を後でマグロの中おちをこそぐその前処理のような見事な鋸捌きで鬼が切断していくその様子を、体躯は変わり果て、苦悶の顔面の表情でその娑婆においては大切であったはずの身内が遭う責め苦を眺めないといけないのだろう

 それが果たして極楽の境地といえるのだろうか

「ゼニン」
「なんだ」
「もういいだろう」
「まだだ まだだ まだ満足し切れねえ」
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