第177話 堕ちた
文字数 1,443文字
堕ちた
娑婆へどう上がろうか
「すみませーんそこの方ぁ、板を、動かして…ああっ!」
板が、割れた
その溜まったエネルギーが次の人たちのココロを削ぐようなことが決してあってはならないよ。
モヤほどのドライバーが脱輪したのには理由があって
蛇を避けようとしたんだ
その蛇が神の遣いだったのか
邪鬼の遣いだったのか
山の入り口だからちょうどよかったよ、人がまだまばらに居て、脱輪した後輪を側溝に渡した木板に乗せられるところまで持ち上げてくれてそうしてモヤがゆっくりとアクセルとクラッチのバランスをとりながら操作していたところにグギと板が割れた
手伝ってくれたひとたちは、おうわ、と少し驚いたけれどもおののくこともなくてそのまま作業を続行しようとしてくれたんだけどわたしが止めた
「ストップ!全員堕ちる!」
側溝の底が、裂けていた
裂けたその幅3cmほどの隙間からオレンジ色の液体が観える
液体の粘度は高そうで過去世においてとてもメジャーな映画で観た邪神に生贄を捧げる際に鋼鉄製の檻の中に四肢を縛りつけた人間をやっぱり鋼鉄製のチェーンで吊し下ろして溶岩の中に入れて蒸発させる
そこに居て手伝ってくれたひとたちのほとんどがその映画を観た世代らしく、容易にそのオレンジ色の同じような粘度の液体を察してくれたよ
ただ、わたしの説明にはやや驚愕してくれて本望だよ
「地獄の釜の表面張力が限界を超えたみたいです、だから溢れた液体が鉱石のひびや割れ目を浸透して地上まで達しているんです、つまりこれは地獄です」
わたしがそう言っただけで、さすが四国、全員が合点してくださって、次の言葉の大合唱となった
「「「「南無大師遍照金剛」」」」
「今から、閉じます」
モヤとふたりなら美容院で「シャンプーしまーす」ぐらいの気軽さのような感覚で「閉じまーす」って言ってもよかったんだけどわたしはそこにいる人たちに安心感を与えるために厳かな雰囲気で言っていたんだよね
みんなが南無大師遍照金剛を唱えていてくれたので作業はほんとうに楽だったよたった30秒で閉じられた
「あなたはなにさまですか?」
どなたさま、という風に聴くべきところをなにさまと言い間違えたんだろうけれどもわたしはたしかに自分が自分の自力で地獄の浸透を閉じようとするなんてなにさまかな、とは思ったけど、そのまんまを答えた
「勤め人ですけれども休職中でお遍路に来ました」
落胆するひとはいない
ただただわたしが合掌して善通寺の五色の糸で編んだお念珠をすり合わせているあいだ誰ひとりとして南無大師遍照金剛を止めるひとはいなかった
さすがだと思う
さすが四国だと思う
果たして裂け目は溶接の感覚でふさぎとめることができた
手伝ってくれた方たちが訊いた
「横切った蛇はやはり悪鬼だったのでしょうか」
わたしは次のように答えた
「モヤの車を脱輪させたと考えれば悪鬼でしょう、その上地獄に落とそうしたならば悪鬼でしょう」
「ではやはり」
「いいえ」
わたしはみんなに答えた
「その蛇が堕としてくれなければ地獄の亀裂は見つけられませんでした。神の遣いだと思います」
そこに居た全員がなんの違和感も持たずに同意してくれた
誤解を恐れずに言えば、お遍路さんのことを『同行ふたり』と敬意を払いお接待してくださる四国のひとたちは皆、不思議を日常とする中二病だ
そもそも考えてみて欲しい
途中で挫折したら死するほかないという『虚空蔵求聞持法』を満願なさった弘法大師さまこそ
究極の中二病かもしれないよ
娑婆へどう上がろうか
「すみませーんそこの方ぁ、板を、動かして…ああっ!」
板が、割れた
その溜まったエネルギーが次の人たちのココロを削ぐようなことが決してあってはならないよ。
モヤほどのドライバーが脱輪したのには理由があって
蛇を避けようとしたんだ
その蛇が神の遣いだったのか
邪鬼の遣いだったのか
山の入り口だからちょうどよかったよ、人がまだまばらに居て、脱輪した後輪を側溝に渡した木板に乗せられるところまで持ち上げてくれてそうしてモヤがゆっくりとアクセルとクラッチのバランスをとりながら操作していたところにグギと板が割れた
手伝ってくれたひとたちは、おうわ、と少し驚いたけれどもおののくこともなくてそのまま作業を続行しようとしてくれたんだけどわたしが止めた
「ストップ!全員堕ちる!」
側溝の底が、裂けていた
裂けたその幅3cmほどの隙間からオレンジ色の液体が観える
液体の粘度は高そうで過去世においてとてもメジャーな映画で観た邪神に生贄を捧げる際に鋼鉄製の檻の中に四肢を縛りつけた人間をやっぱり鋼鉄製のチェーンで吊し下ろして溶岩の中に入れて蒸発させる
そこに居て手伝ってくれたひとたちのほとんどがその映画を観た世代らしく、容易にそのオレンジ色の同じような粘度の液体を察してくれたよ
ただ、わたしの説明にはやや驚愕してくれて本望だよ
「地獄の釜の表面張力が限界を超えたみたいです、だから溢れた液体が鉱石のひびや割れ目を浸透して地上まで達しているんです、つまりこれは地獄です」
わたしがそう言っただけで、さすが四国、全員が合点してくださって、次の言葉の大合唱となった
「「「「南無大師遍照金剛」」」」
「今から、閉じます」
モヤとふたりなら美容院で「シャンプーしまーす」ぐらいの気軽さのような感覚で「閉じまーす」って言ってもよかったんだけどわたしはそこにいる人たちに安心感を与えるために厳かな雰囲気で言っていたんだよね
みんなが南無大師遍照金剛を唱えていてくれたので作業はほんとうに楽だったよたった30秒で閉じられた
「あなたはなにさまですか?」
どなたさま、という風に聴くべきところをなにさまと言い間違えたんだろうけれどもわたしはたしかに自分が自分の自力で地獄の浸透を閉じようとするなんてなにさまかな、とは思ったけど、そのまんまを答えた
「勤め人ですけれども休職中でお遍路に来ました」
落胆するひとはいない
ただただわたしが合掌して善通寺の五色の糸で編んだお念珠をすり合わせているあいだ誰ひとりとして南無大師遍照金剛を止めるひとはいなかった
さすがだと思う
さすが四国だと思う
果たして裂け目は溶接の感覚でふさぎとめることができた
手伝ってくれた方たちが訊いた
「横切った蛇はやはり悪鬼だったのでしょうか」
わたしは次のように答えた
「モヤの車を脱輪させたと考えれば悪鬼でしょう、その上地獄に落とそうしたならば悪鬼でしょう」
「ではやはり」
「いいえ」
わたしはみんなに答えた
「その蛇が堕としてくれなければ地獄の亀裂は見つけられませんでした。神の遣いだと思います」
そこに居た全員がなんの違和感も持たずに同意してくれた
誤解を恐れずに言えば、お遍路さんのことを『同行ふたり』と敬意を払いお接待してくださる四国のひとたちは皆、不思議を日常とする中二病だ
そもそも考えてみて欲しい
途中で挫折したら死するほかないという『虚空蔵求聞持法』を満願なさった弘法大師さまこそ
究極の中二病かもしれないよ