第83話 ホンキってことをどうやったら分かってもらえるんだろう

文字数 1,229文字

 土砂降りの中を歩くのって実は楽しい。
 
 防水のレディスのホーキンスのローファー履いてさ。

 で、傘はこの間休職中の経過観察のために病院に行った時に盗まれちゃったからコンビニで二番目に安いビナイル傘でさ。

 でもこの傘のお陰で気づいたんだ。

 土砂降りの花壇の花に、けれども水滴は壊れずに乗っかってるってことにね。

 買ったばかりのビナイル傘はディーラーさんで定期点検パックが終わった直後の車のフロントグラスみたいに撥水が抜群でね、そういえばと思って透明な傘の下でわたしはスマホを90°横に倒して雨の圧力で地に倒れかかっている赤い花と白い花との一群を地を這うみたいなアングルで撮ってね。なんだか嬉しくなって超乃(チョウノ)ちゃんにメールしたんだ、コメント付きで。

『拡大して観てね』

ってね。

 一分経たずにチョウノちゃんから返信があったよ。

捨無(シャム)さん。雨滴が転がりそう』

 いいね
 なんて可憐でかわいい返信

 嬉しくなって言夢(ゲンム)にもメールしたよ。

『虫は死んでんじゃないか?』

 なるほど。そういえば虫のことまで考えてなかったな。実際どうなのかな。

 ゲンムの家でお世話になってて、台所でわたしの差配で料理を任せてもらえる時にね、窓の目の前にある樫の木に見事なジョロウグモの巣が張られててちょうどクモの子たちがお腹にいるみたいで、その母グモの巣にね、ものすごく大きな枯葉が落ちてきて引っかかったんだよね。

 土砂降りの時じゃなかったけど風がものすごく強い正午でさ、そのまま大きな枯葉が帆船のセイルみたいな役割を果たしちゃって、巣が千切れて壊れそうになってるんだよね。

 そうしたら母グモはさ、ものすごい瞬発力で糸の上を移動してまずは枯葉の葉脈の尖端をはずした。
 余りに速い動きだったから脚を使ったのか牙を使ったのかさえわからないぐらいの動きで。
 片側が外れたけど風は凶暴で枯葉が自由度を増した分ローリングの動きに変化して、そのままだと巣が事故で関節を逆側に骨折するホラー映画の描写のように捻じ切れるかと思ったらね、今度は移動じゃなくて、ほら、ジョロウグモじゃない地グモっていうのかな?ああいう種類のクモが床の上の数センチをどの野生動物よりも爆発的な筋肉の動きでワープするようにジャンプするような、そんな動きをこのジョロウグモの母親は長い手脚とごろごろに膨らんだ妊婦のお腹でさ、枯葉が巣に落ちてくる前は木の枝と繋がっていただろう葉っぱの根本の部分をね。

 切り落とした

 ほんとにそんな感じに観えたし、事実そうだったんだろうと思う。

 わたしはね、この母グモにホンキを観たんだよね。

 だから今わたしが撮ったのは激雨に撃たれる花だったのに、その画像を観えざる観点さんにメールしたと同時に電話をかけたの。

「カンテンさん、クモが、葉っぱを切ったんです」
「そう。シャムちゃん、教えて」
「はい」
「どんな音がしたの」

 ああ
 ああ

「ビ!って」
「うん」
「ビ!って音がしたんです」
「そう…シャムちゃん」
「はい」
「泣かないで」
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