第46話 猫はノラに限るよ
文字数 2,363文字
アパートの広い庭に母猫と子猫四匹、計五匹の家族が住み始めたのがちょうどわたしが引っ越してきてすぐのタイミングだった。
かわいかったよ。子猫たちはね、四匹いると四匹ともが毛並みも性格もそれぞれに違ってね、でも母猫はしっかりしたもんでね、四匹の内の誰かが誰かに対して『いじめ』っぽいことをやっていると牙をむいて威嚇するんだよね。
ずうっと過去の・・・・おっと忘れてね。以前読んだ誰かの小説に、「畜生ですらこうである。いじめを看過する親・黙認する教師・権勢者たちは畜生に悖るということになるのである」って書いてあってね、コココココ、ってわたしは首肯しまくったよ。
その母猫と子猫たちが強奪された。
だから取り返しに行くんだ。
「捨無 ちゃん。ほんとに見たの?子猫たちがミルクの家に居るところを」
「はい、観点 さん。牛乳の匂いが漂ってきたのですぐに気づいたんです」
『言夢《ゲンム》:ガセじゃないよな?』
「ゲンム。子猫に関してはわたしは見間違うはずがない」
「シャムサン。コネコタチハゲンキデシタカ?」
「超乃 ちゃん。余りきびきびしてなかったよ」
暗闇だけどチョウノちゃんはわたしの唇の動きを読み取って頷いてくれた。
アパートの広い庭に居た時、母猫は子猫たちをそれは見事に
でもそうしてせっかく自活の道を親子全員して歩いていたのに、ミルクの家のぼうやの母親が餌付けてしまった。
観ないし云わないし聴かない我らがバンドの障碍三人娘と、観えて云えて聴けるけれども世の中の何たるかを未だに見分言及できていないわたしが土曜の深夜から日曜の明け方にかけて、隠密行動でミルクの家に向かった。
え?なんでミルクの家って言うのかって?
そこの家の5歳のぼうやの偏食がはなはだしくて、水が飲めないんだよね。
ううん、水分が摂れないんじゃなくて、水道水やペットボトルの水やお茶が飲めなくて、牛乳と糖分のあるジュースしか飲めないんだ。だからぼうやはふくよかだよ。
それでね、そのぼうやの母親がね、ぼうやにいつも飲ませてるミルクを猫用のトレイに注いで自分ちの前に置いてさ、まずは狩りがあまり得意じゃない灰色 毛の子猫をおびきよせた。
わかっててやってんだよね、多分そのぼうやの母親は。
グレー毛の子猫は、自分で食糧を得て生きることができなくなっちゃった。
母猫は取捨選択を自問自答したんだ。
グレー毛の子猫を、自活できぬ猫として自分たちの家族から捨て去るか。
自分たちも自活できぬ猫に成り下がって、ぼうやの母親の軍門に下るか。
母猫はグレー毛の猫だけを捨てることができなかった。だから、自分たちも自活する生き方を全員で捨てて、全員で生ける屍猫に成り果てたんだ。
わたしたちは猫のように音をたてぬ歩行でミルクの家に近づいた。ほんの三軒先の家だから、あっと言う間に着いてしまう。
『ゲンム:シャム、どうやって猫たちをおびき出すんだ?』
「餌で釣る」
わたしはそれを親指と中指でつまんでぶらさげて、更にブラブラさせた。
「キャ!」
『ゲンム:うわわわ!』
昼間の内に捕まえておいた、カナヘビ、ってトカゲ。
尻尾の先をつまんだら切れちゃうからお尻?の辺りを持ってミルクの家の軒先辺りに持った腕をにゅっと突き出した。
ゲンムのLINEの音無き叫びは聴こえないけど、チョウノちゃんのかわいらしい悲鳴は静けさの中に響くからわたしはシーッ、と指を立ててジェスチャーした。
「来るかしら?」
観えない状況を心の眼で探りながらカンテンさんが小声で訊いた時。
「来たよ」
出てきたのはやっぱりグレー毛の子猫。
この子はメスで残りの三匹はオス。
いつもいじめっぽい感じの目に遭いそうになってたのはこの子だったけどチョウノちゃんが核心を突く疑問をその瞬間に提示してくれたよ。
「イジメニアウコネコハヨワイカラヤセイニカエッテモ・・・・・・ノラネコニモドッテモスグニシンジャウンジャ・・・・・・」
「チョウノちゃん」
わたしは断言したよ。
「チョウノちゃん。いじめは野生にはあり得ない現象。弱肉強食なんて範疇ですらないよ」
「ナゼ?」
「だって、外敵に襲われた時、内部でいじめなんて非合理な行為をしてたら、その群れは全滅するでしょ?」
チョウノちゃんは得心したみたいで・・・・・・そうして、チョウノちゃん自身もとても安心したような顔をした。
わたしは、狩りが得意じゃないグレー毛の子猫の、少し離れた所に、カナヘビを放した。カナヘビはまだ元気で、機敏な動きで闇のアスファルトの上を逃げ去ろうとした。
「ニャウ!」
グレー毛の子猫は、右前脚で、一発でカナヘビを捕らえて・・・・・・そうして口にくわえた。
「あら・・・・」
観えないのにカンテンさんは母猫の気配を感じ取った。
グレー毛の子猫がまるで報告するみたいに母猫にカナヘビを見せると、母猫は決断したようだ。
背後の玄関と門扉の間に居る三匹のオスの子猫たちを振り返って促す。
けれども三匹のオスたちは、トレーに盛られたキャットフードを餓鬼みたいにして貪 っている。
「フギャーオゥゥウ!!」
母猫は恐ろしいほどの声を上げて、三匹のオス猫たちに牙を剥いた。
びくっ、とオスの子猫たちは震えて。
そうして母猫の真っ直ぐに立てた尻尾の後を歩き始めた。
母猫と四匹の子猫たちはね、わたしたちがアパートの方に向かって歩き始めるとそのずっと先をものすごいスピードで機敏に駆けて、アパートの庭のどこかへ影みたいにして消えて行った。
今度は声も音も立てずにね。
かわいかったよ。子猫たちはね、四匹いると四匹ともが毛並みも性格もそれぞれに違ってね、でも母猫はしっかりしたもんでね、四匹の内の誰かが誰かに対して『いじめ』っぽいことをやっていると牙をむいて威嚇するんだよね。
ずうっと過去の・・・・おっと忘れてね。以前読んだ誰かの小説に、「畜生ですらこうである。いじめを看過する親・黙認する教師・権勢者たちは畜生に悖るということになるのである」って書いてあってね、コココココ、ってわたしは首肯しまくったよ。
その母猫と子猫たちが強奪された。
だから取り返しに行くんだ。
「
「はい、
『言夢《ゲンム》:ガセじゃないよな?』
「ゲンム。子猫に関してはわたしは見間違うはずがない」
「シャムサン。コネコタチハゲンキデシタカ?」
「
暗闇だけどチョウノちゃんはわたしの唇の動きを読み取って頷いてくれた。
アパートの広い庭に居た時、母猫は子猫たちをそれは見事に
教育
してたよ。狩りをきちんと教えて、子猫たちも興味本位ながらも小鳥やら虫やらを口にくわえてトトトって走ったりしてたもん。まあもちろんそれだけじゃ足りなくて、川辺に遠征したり、時には近所の飲食店の生ゴミを少し漁ったりはしてたみたいだけど。でもそうしてせっかく自活の道を親子全員して歩いていたのに、ミルクの家のぼうやの母親が餌付けてしまった。
観ないし云わないし聴かない我らがバンドの障碍三人娘と、観えて云えて聴けるけれども世の中の何たるかを未だに見分言及できていないわたしが土曜の深夜から日曜の明け方にかけて、隠密行動でミルクの家に向かった。
え?なんでミルクの家って言うのかって?
そこの家の5歳のぼうやの偏食がはなはだしくて、水が飲めないんだよね。
ううん、水分が摂れないんじゃなくて、水道水やペットボトルの水やお茶が飲めなくて、牛乳と糖分のあるジュースしか飲めないんだ。だからぼうやはふくよかだよ。
それでね、そのぼうやの母親がね、ぼうやにいつも飲ませてるミルクを猫用のトレイに注いで自分ちの前に置いてさ、まずは狩りがあまり得意じゃない
わかっててやってんだよね、多分そのぼうやの母親は。
グレー毛の子猫は、自分で食糧を得て生きることができなくなっちゃった。
母猫は取捨選択を自問自答したんだ。
グレー毛の子猫を、自活できぬ猫として自分たちの家族から捨て去るか。
自分たちも自活できぬ猫に成り下がって、ぼうやの母親の軍門に下るか。
母猫はグレー毛の猫だけを捨てることができなかった。だから、自分たちも自活する生き方を全員で捨てて、全員で生ける屍猫に成り果てたんだ。
わたしたちは猫のように音をたてぬ歩行でミルクの家に近づいた。ほんの三軒先の家だから、あっと言う間に着いてしまう。
『ゲンム:シャム、どうやって猫たちをおびき出すんだ?』
「餌で釣る」
わたしはそれを親指と中指でつまんでぶらさげて、更にブラブラさせた。
「キャ!」
『ゲンム:うわわわ!』
昼間の内に捕まえておいた、カナヘビ、ってトカゲ。
尻尾の先をつまんだら切れちゃうからお尻?の辺りを持ってミルクの家の軒先辺りに持った腕をにゅっと突き出した。
ゲンムのLINEの音無き叫びは聴こえないけど、チョウノちゃんのかわいらしい悲鳴は静けさの中に響くからわたしはシーッ、と指を立ててジェスチャーした。
「来るかしら?」
観えない状況を心の眼で探りながらカンテンさんが小声で訊いた時。
「来たよ」
出てきたのはやっぱりグレー毛の子猫。
この子はメスで残りの三匹はオス。
いつもいじめっぽい感じの目に遭いそうになってたのはこの子だったけどチョウノちゃんが核心を突く疑問をその瞬間に提示してくれたよ。
「イジメニアウコネコハヨワイカラヤセイニカエッテモ・・・・・・ノラネコニモドッテモスグニシンジャウンジャ・・・・・・」
「チョウノちゃん」
わたしは断言したよ。
「チョウノちゃん。いじめは野生にはあり得ない現象。弱肉強食なんて範疇ですらないよ」
「ナゼ?」
「だって、外敵に襲われた時、内部でいじめなんて非合理な行為をしてたら、その群れは全滅するでしょ?」
チョウノちゃんは得心したみたいで・・・・・・そうして、チョウノちゃん自身もとても安心したような顔をした。
わたしは、狩りが得意じゃないグレー毛の子猫の、少し離れた所に、カナヘビを放した。カナヘビはまだ元気で、機敏な動きで闇のアスファルトの上を逃げ去ろうとした。
「ニャウ!」
グレー毛の子猫は、右前脚で、一発でカナヘビを捕らえて・・・・・・そうして口にくわえた。
「あら・・・・」
観えないのにカンテンさんは母猫の気配を感じ取った。
グレー毛の子猫がまるで報告するみたいに母猫にカナヘビを見せると、母猫は決断したようだ。
背後の玄関と門扉の間に居る三匹のオスの子猫たちを振り返って促す。
けれども三匹のオスたちは、トレーに盛られたキャットフードを餓鬼みたいにして
「フギャーオゥゥウ!!」
母猫は恐ろしいほどの声を上げて、三匹のオス猫たちに牙を剥いた。
びくっ、とオスの子猫たちは震えて。
そうして母猫の真っ直ぐに立てた尻尾の後を歩き始めた。
母猫と四匹の子猫たちはね、わたしたちがアパートの方に向かって歩き始めるとそのずっと先をものすごいスピードで機敏に駆けて、アパートの庭のどこかへ影みたいにして消えて行った。
今度は声も音も立てずにね。