第94話 2回戦(8) Second Round

文字数 1,660文字

ーーアッシには、そういうところがあるでヤンス。
 ボルサリーノは走りながらそんなことを考えていた。あんなに怖いと思っていたのに、いざいけると思った時には、いつの間にか体が動いている。
 今回もそうだ。
 アイゼンやギンジロウに勝てるとは思っていない。勝手なことをしてヘマをしたら、後でタンザに蹴られる。それくらいのことは分かっている。
 ただ、タンザと壁の間に隙間がある。アイゼンの目的が、ジャクジョウの鈴かタンザの尻尾である。自分だけが防ぐことができる。そのことが頭に浮かんだ瞬間、ボルサリーノの体は動き出していたのだ。
 ボルサリーノは、自分の体の細さと、柔らかさと、丈夫さに絶対の自信を持っていた。物理的には不可能に思えるが、10センチあればどこにでも滑り込める。そのボルサリーノの目から見れば、タンザの少し開いた足は、大きな通路にしか見えない。
ーーママン。
 ボルサリーノは、母からもらった十字架のネックレスに祈りを込めて走った。下を向いて誰の顔も見ない。ただ全力で走り、ジャクジョウの鈴を先に奪る。その事だけに全神経を研ぎ澄ませた。
 タンザの股をくぐる。
 このまま奪いにいくと、自分の尻尾をアイゼンの前にさらしてしまう。ボルサリーノはひねりを加え、仰向けになりながら、ジャクジョウ目掛けて滑りこんだ。
 細いボルサリーノにとって、ジャクジョウの首の下に手を突っ込むのは簡単だ。
 手に、丸くて固い感触。
 そのまま引っぱる。
 ボルサリーノの右手には、大きな鈴が握られていた。
 と同時に、自分の体が裏返り、お尻を頂点として強く引き上げられる感覚を味わう。
「26分42秒。ネコチーム。真言立川流。寂乗。アウトー。続いて、26分43秒。ネズミチーム。リリウス・ヌドリーナ。ジュゼッペ・ボルサリーノ。アウトー!」
 アイゼンが壁を蹴って方向転換し、ボルサリーノの隣に音もなく降り、そのまま尻尾を奪ったのだ。仙術、真夜中の黒猫歩法だ。
 タンザは反応したかったが、後ろに注意を向けすぎるとギンジロウに尻尾を狙われる。結果、届かない距離から手を振ることしかできなかった。
ーージャクジョウの鈴かタンザさんの尻尾を奪りにきたと思っていたのに、瞬時にアッシの尻尾をとるプランに変更するなんて。しかも、タンザさんの腕が届かないギリギリを狙って。ラーガ・ラージャ! 恐るべしでヤンス!
 ボルサリーノは無謀に見えて、しっかりとアイゼンが届くはずのない場所に滑り込んでいるつもりだったのだ。
 アイゼンは尻尾を奪った後、軽量のボルサリーノをタンザに向かって投げ捨て、目眩しに使用した。
 そして、止まることなくビンゴの尻尾を狙いにいく。
 カンレン、カンショウ、アイゼン。3人が同時にかかれば、さすがのビンゴも遅れをとらざるをえない。
 だが、ビンゴも百戦錬磨だ。
ーー勝負どころはここだ!
 跳び込んでくるアイゼンに照準を合わせる。
ーーSV!
 鉄骨のような長い腕が、高速で、斜め下に向かって大きく振られる。アイゼンの体をとらえるだけではない。そのまま、先にいるカンレン、カンショウの鈴をも狙う軌道だ。
 が、このスーパー・ヴェローチェは空を切った。アイゼンは、ビンゴの背後に回る動作をしながらも、実際には跳ばなかったのだ。気配だけを飛ばす仙術、幻の突撃兵だ。
 空振りしたビンゴの手は、絵本のオブジェを叩き折る。
 すさまじい音。3メートルもあるオブジェは半分になり、アイゼンとカンレンに向かって飛んでいく。
 2人は跳びのき、目配せをして、再びビンゴと距離を開けた。
ーーまたSVを消費させたか。運がいい。
 仕切り直しとはいえ、スーパー・ヴェローチェを2発消費させた。勝負はアイゼンたちに傾いている。
 ボルサリーノは起き上がり、スタッフの指示に従って非常口に向かいながら、タンザたちの戦いをじっと眺めていた。
ーーディズニーキャストは凄いでヤンス。こんな状況なのにホコリひとつ立たない。
 リリウス・ヌドリーナのピンチだというのに、ボルサリーノはなぜか、変なところに感心していた。
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