第67話 1回戦(5) First Round

文字数 1,545文字

 そんなサオリの心など露知らず、ゆるい空気を切り裂く男がいた。全身白いスーツで身を包んだ、金髪碧眼の大男、ビッグフット・タンザだ。
 タンザたちは円周の通路沿いに、ゆったりとした歩調で、サオリたちの近くまでやってきた。両手はポケットに突っ込んだまま。まるで街を散歩しているかのようだ。
 お互いの制空権ギリギリ前で止まる。
「よお」タンザは、ゆっくりと片手を上げた。
 アイゼンたちは身構える。
「そんなに身構えねぇでもいいんだぜ? ボル。訳せ」
「イタリア語ではなく、英語なら分かるぞ」ボルサリーノよりも早く、アイゼンが答える。
「ほう。それなら話が早い」タンザは、薄い唇で笑みを浮かべながら続けた。
「俺たちは、この1回戦で、坊主どもを潰す。お前たちはGRCに狙われているみてぇじゃねーか。そこでどうだ? この試合だけは、他のチームが全滅するまで、お互いに干渉しあわねーというのは?」
「信じられる根拠は?」
「それはまぁ、信用してもらうしかねぇな」
 アイゼンは、じっとタンザの目を見た。自分たちなど歯牙にも掛けていない。現役の力士が、子供10人と遊んであげる時の目をしている。だが、だからこそ、信用しても問題なさそうだ。
「いいだろう」アイゼンは了解した。
 タンザは驚いた顔をした。
「ほほぉ。頭がいいな。もし断れば、最初にお前たちを潰しているところだったよ。俺たちとGRC、同時に狙われたら、1回戦の敗者はお前たちだったろうな」
「それはどうかな?」ギンジロウが前に出ようとする。
「ギン!」アイゼンが手を出して制する。
 タンザは口笛を吹いた。
「ヒュー。ますますいい女だ。試合が終わったら、俺の愛人にしてやろうか?」
 アイゼンは毅然として言い放った。
「それは光栄だが、私はもっと高みを目指している。豚の愛人になるつもりは毛頭ない。私が総理大臣になったら、その時にはお前の購入を考えてやろう。私の家畜としてな」
「オー。俺のことをそんなにナメたやつは見たことがねぇ」タンザは楽しそうだ。
「そんな奴は、もうこの世にはいなくなってっからな」ビンゴが口をはさむ。
 タンザは、なおもアイゼンと話を続ける。
「そんな俺の言うことを、お前は、なぜ信じた?」タンザが睨みをきかせる。
 アイゼンも睨み返す。
「お前の言葉を信じたのではない。お前の、その目を信じたのだ。プライドを持った、嘘をつかない、お前のその目を、な」
 タンザとアイゼンは目を合わせ続けた後、測ったように同時に爆笑した。
「本当にお前に興味を持った。坊主どもを蹴散らしたら、次はお前らをからかいにこよう」
「レディに接する時は優しくね」
「任せろ。俺はイタリア人だ」
 タンザとアイゼンは、お互い目を見つめながら微笑みあった。
 タンザはアイゼンから目を離すと、一歩近づき、ゆっくりと手を伸ばした。
 ギンジロウの頭を撫でるつもりだ。
ーー今ならこいつの鈴をとれる。
 ギンジロウが動こうとした瞬間、アイゼンが袖を引っ張っておさえる。
「いい子だ。この躾の悪い狂犬の鎖を、しっかりと掴んでおくんだぞ」
 タンザは笑いながら振り返り、ビンゴたちの元へと戻っていった。ギンジロウは侮蔑に震えた。
ーーわかってる。
 アイゼンは、ギンジロウの肩に手をおいた。
「最後に勝とう」
 ギンジロウは、やるせない顔でアイゼンを見た。
「私がリーダーだ。戦略は私が練る」アイゼンは、ギンジロウの目をじっと見返した。
「そして、私の戦術では……、ギンが1対1で、タンザに勝つことが絶対条件になっている」 アイゼンは、ギンジロウの手を軽く握った。
「その時には、絶対に負けないで」
 一瞬、心が赤く燃えたように感じた。
「当たり前だ!!」ギンジロウは悔しさを耐え、いつか見返すその時を見据え、タンザの背中をじっと睨み続けた。
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