第14話 泥棒(6) Thief

文字数 1,416文字

「泣いたって許されねーんだよ。ほら、警察に行ってこいよ」
ーーううう。
 もう何も考えられない。アゴ男がサオリを突き飛ばそうとする。と、アゴ男の動きが止まる。
「ううう」
 タマネギおばさんの後ろからやってきた先ほどの青年が、アゴ男の手首を強く握りしめたのだ。青年は、ミリミリと音が鳴るほど強烈に手首を握りしめる。端正な顔立ちを崩さないが、見事に怒っている内面を表現している。
「もういいんじゃないですか? 止めましょうよ。俺も……、下衆を見るのは好きではない」
ーーゲス?
 アゴ男の矛先が変わる。青年の顔にキスをするほど顔を近づけ、ねめつけて凄む。
「あーん。てめぇ、さっきからチャラチャラとうるせぇんだよ! テメーは関係ねーだろが! 大人しくどこかにいってろ! なっ! そうしたら、嫌な気分になることもねーんだ」
 青年は顔を曇らせた。
「俺もお前なんかとは話もしたくないんだけどな……。立場上、そういう訳にもいかないんだよ」
「あーん? 立場上? テメーはこいつの保護者か? それともイタリア紳士か? ギャハハ」 
「イタリア紳士。ククク。俺はサムライです」
 青年は髪をかきあげた。
 その時、人ごみでつまったロビーの後方がざわついた。人込みをかき分けながら、角刈りの屈強そうに見える男が二人くる。
「どいてください。警察です」
 シンプルなシャツとジーンズの出で立ち。角刈りブラザーズは二人とも地味だ。警察手帳をかかげながら、サオリたちの元まで到着した。
 少し小さい方の角刈りが、もう一度「警察です」と言う。
「なにがあったのか、本官たちに話してみなさい」
 アゴ男が警官にすり寄る。芝居がかった声だ。
「それが聞いてくださいよぉ。このガキが、自分が盗んだカバンをオレの女のせいにしたり、このデカいのが、それを真に受けてオレに暴力を振るってくるんすよ。オレたちは大会を観にきただけだってのに。見てください。オレの手首。もう真っ赤でしょ? スッゲー強く握るんだもん。折れるかと思いましたよ」
ーー下ひた声。だいっ嫌い。
 サオリは耳を押さえてうずくまりたかった。だが、可愛くて小柄な自分がそんなことをしたら、まるでみんなに慰めてもらいたがっているようでかっこわるい。
 結果、目を見開いて、直立不動。しゃっくりと涙は止まらない。そんなおかしな立ち居振る舞いになっていた。
 アゴ男はご機嫌をうかがいながら、彼女と警官とサオリと青年の顔をキョロキョロとせわしなく見る。誰も何も言わない。してやったり、という顔になる。
「君は、大会を見に来たんだね?」
「はい。それだけなんです」
「それで彼を知らないのかい?」
「いや、剣道関係者だということはわかってますよ。でも、関係者だからいいってわけじゃないじゃないですか」
 警官はため息をつき、青年に話しかけた。
「状況はどのような感じなんだい?」
「二人組による悪質な窃盗、暴力、虚偽による現行犯です。こちらの被害者の方ともお話はしております。間違いはないです。後は頼みます。ナカジマさん、キジマさん」
「なるほどね。わかった。後は任せておけ。操ちゃん。決勝戦、がんばれよ!」
ーー操ちゃん? 決勝戦? 袴? あ! この青年剣士、もしかして桐生操?
 警官二人はミサオと握手を交わす。
「ありがとうございます」
 ミサオは爽やかな笑みを返した。
 アゴ男とモデル崩れは手錠をかけられしょっぴかれ、わめきながらサオリの視界からフェイドアウトしていった。
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