第210話 ワイアヌエヌエ Rainbow Falls

文字数 1,972文字

 試合は終わった。
 世界各地の観客は、タンザとサオリの友情の握手で心が満足した。全員が立ち上がり、拍手と歓声を送っていた。
 解説席でいち早く立ち上がったのは、意外にもフタバだった。クーとマックス・ビーも続く。
「いやぁ、惜しかったですねぇ。あと五秒早く試合が終わっていれば、勝っていたのはエスゼロでした」
「うむ、こんなにやるとは思ってもいなかった。さすがはKOKの推薦チーム。彼女は子供かと思っていたが、一人前のアルキメストだったな」
 フタバは例の黄色い眼鏡、ムーン・グラシアスをかけている。分析することに長けたファンタジーだ。幻脳WikiやPカードと繋いだり、相手の能力を計ることができる。それ以外にも、見た現象を自動録画し、拡大や巻き戻し、スロー再生をすることも可能だ。フタバがテンパレート以外で完璧に使用できる唯一のファンタジー・ドープである。
ーーやっぱ落ちてない。
 フタバは、サオリがステージから落下する映像を何度も巻き戻し、サオリの足が地面にはついていないことを確認していた。
ーーストッピング・ストーンから、応用技のステッピング・ストーン。Eランクになって間もないのに、やるねぇ♪
 フタバの拍手は、他の人とは意味が違う。サオリが頑張ったことを褒め称えているではなく、勝利を祝福しているのだ。
 フタバは最初、「エスゼロの勝ちだ。アルキメストは全員、見えない足場を作ることができる。彼女は落ちていない」と一説ぶろうともした。だが、アイゼンの口の動きを分析し、選手たち全員が、この結果に納得していることを知った。
ーーならこれ以上、オイラの出る幕じゃない。
 ケチをつければ、ザ・ゲーム委員会に対する信頼は揺らぐ。みんなが満足していれば、それが一番いい。
ーーどうせ映像は残されない。検証のしようもないし。
 正しいことが常に正しいとは限らない。世の中とは、そういうものだ。
ーーしかし、階下がやけに騒がしいな。
 フタバは拍手をしながら、階下で騒がれている中心人物を見た。サオリとダビデ王の騎士団に300万ドルずつを賭けていた男、ジョットだ。本当なら勝っていたのに、大金を失ってしまった。
ーーま、ジョットには可哀想だけどね。
 フタバが同情したその時だった。ジョットの元に、スーツ姿のスタッフが六人やってきた。両手にアタッシュケースを持っている。
ーーあれ? 負けたはずなのに?
 一人の若紳士がスタッフを先導している。年齢は十代後半。身長は低め。細身でスーツを着ている。黒髪のマッシュルームカットで目が隠れている。
 だがフタバは、それが誰かはすぐに分かった。ジョットの相方、マヨネスだ。
「ジョット。言われた通りにしたよ」
「ありがとう。いつものように分散投資しておいてくれ」ジョットは立ち上がると、誰のことも見ずに会場を後にした。
 呆然として見送る客に、ダイナソンは説明をしている。
「ジョットさんは四回戦、個人で三百万ドルずつをエスゼロとKOKに賭けていました。MVPはタンザでしたが、四回戦の勝利チームはKOKです。そして試合が始まる前に、マヨネスさんに指示して、ラーガ・ラージャのマン・オブ・ザ・ナイトにも三百万ドルずつ賭けていました」
「おお」大金の意味を理解した観客は、一目でも英雄を見ようとしてごった返した。
 スタッフたちは止めようとするが、客の勢いは止まらない。実は野次馬たちは、ジョットの勝利に関心があるわけではなかった。止まらない理由は他にあった。
 圧倒的金持ちや上流貴族ばかりがいる社交界では、見ず知らずの相手に気軽に話しかけたり、凝視してはいけない。世間から注目を集めている人たちは、プライベートでくらいは自由な時間を過ごしたい。これは、暗黙の礼儀だ。
 だが、不測の事態が起きたら、「どうしたんだ?」という顔をしながら、相手を観察することができる。これは普通の行動だろう。野次馬たちは名目を持って、絶世の美少年として有名なジョットを見る機会を得られた。そういうことだ。
 こういう時の人間の行動は決まっている。最初は、反応を見るために遠巻きに囃し立てる。いけると思ったら徐々に近づく。さらに注意をされなければ、禁止だと知ってはいても、自分の欲望に言い訳をもうける。こっそりと撮影したり、気軽に触ってみようとする。
 ジョットは、物心ついた時からずっと美少年だ。今までの人生で、人間の行動パターンを嫌というほど知っている。
 この、無礼になっていく速度は、相手が酔っていればいるほど、自分が丁寧に接すれば接するほど、勢いが増してくる。ゆえにジョットは、冷たい稲妻と呼ばれるほどに、他人に興味を示さないような態度を取り続けている。
ーー沙織。惜しかったな。告白は、次の機会に取っておくこととしよう。
 ジョットは足早に、待たせておいた高級車に乗り込んだ。
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