第123話 3回戦(4) Third Round

文字数 2,143文字

ーーえっ?
 アイゼンは驚いた。敵であるリリウス・ヌドリーナから目を離すはずがない。けれども、ビンゴの鈴が取られた瞬間には気づけなかった。
ーー何が起きたの? 全くわからない。
 他の人も驚いている。
 部屋はやや明るくなり、ビンゴがもたれかかっていた壁が開く。ビンゴは顔を歪めて壁を叩いたあと、トボトボと非常口から退場した。
ーー実力を発揮できずに負ける。あれが一番堪えるんだよな。
 ギンジロウは、他人事とは思えなかった。
「こちらへお進みください」メイドが淡々と案内をする。この気まずい雰囲気も何のその。完全に役割に徹している。
ーーこれはヤバいかもしれない。
 アイゼンは、自分の鈴を握りしめた。
 全ての選手から余裕が消えている。
 いや、一人だけ違う。余裕がない顔は完全な演技。口がもぞもぞと動いている仕草は楽しい時の証。
 そう。
 サオリだけは、この不思議な現象が面白くて仕方がなかった。いつも通りの無表情なまま、次の部屋を覗き込もうとする。
ーー何あんだろ?
「あれ? また絵じゃない?」シロピルが指差す。
「今度はフォーとシザーの絵、あるかなー?」キーピルは、あの二人に妙な親近感を抱いているようだ。
 だが、前を歩いているタンザの大きな背中のせいで、先の様子がよくわからない。
ーーもー。あのでっかいの、じゃ、まっ!
 サオリは無意識に、タンザの前に出ていこうとした。
「ダメーーーー!!!」全ピョーピルがサオリの顔をいっせいに引っ張った。
ーーあ。
 サオリは、なんとか我にかえることが出来た。そんなに無防備にタンザに近づいたら、簡単に鈴を奪られてしまう。
ーーあ、ぶなー。
 サオリは、我に返って反省した。
 奥には八角形の部屋があるようだ。広さは、先ほどとさして変わらない。青い縦縞模様の壁。一つおきに全部で四枚、貴族たちの肖像画が飾ってある。
「さあ。もっと奥に。後ろの方の為に、もうちょっとつめてもらえるかな。もう引き返すことは出来ませんぞ。全てはここから始まる」天井からの声は聞こえ続けた。
ーーなんでビンゴが鈴を取られたんだ? 全くわからねぇ。だが、俺様はもう、オポポニーチェを恐れない。俺がリリウス・ヌドリーナを背負わねぇで、誰が背負うというんだ。
 タンザは、すぐ真横にいたビンゴが鈴をとられたことにたいして戦慄を覚えていた。だが、それをおくびにも出さなかった。
 「来い。ボル」とだけ言い残し、次の部屋へと腕組みをしながら大股で歩いていく。本当は腕組みではなく、鈴をしっかりと押さえて進みたい。だが、かっこう悪いことはしない。それが男だ。
 一方、ボルサリーノは、祈るように両手で鈴を包みながら、怖さで小便でも漏らしそうな顔つきをし、急ぎ足でタンザの後についていく。
ーー先、いっちゃって、いーかなー。
 サオリはアイゼンを見た。
 アイゼンは珍しく、サオリの視線に気づかなかった。とはいえ、動揺しているわけではない。至って落ち着いている。警戒と思考。これだけに自分の能力を全振りしているのだ。
ーー私は多少なりとも、仙術や錬金術や武道を修めている。特に、相手の気配を見切ることには自信を持っていた。だがまさか、こんなにも気配を読めずに鈴をとられてしまうだなんて。GRC、いや、オポポニーチェをなめていた。今、どうしてビンゴが鈴をとられたのか。その謎がわからない限り、鈴をとられずに一周することは難しい。とられたのが私でもおかしくはなかった。
 感想は一瞬。感情と情報は分けなければ、攻略は不可能だ。
ーー原理はわからない。だが、想像はできる。2回戦のイバラやガイコツがいきなり現れる現象。今の、突然ビンゴの鈴がとられた現象。事実から判断するに、おそらくは幻術の類だろう。オポポニーチェは錬金術師だ。Fを使用しているに違いない。ただ、その発動条件がまだ分からない。ずっとバラの香水の匂いがする。これのせいだろうか。
 ファンタジーは強大な力を宿しているほど、発動条件が難しくなっている。例えばDeath13は、13個集めたうえに儀式をおこなう必要がある。クリマタクトは相手に触らなければならない。幻覚系は威力が強力なので、それなりの発動条件があるはずだ。アイゼンはとりあえず、2分ほど息を吸わないで様子を見ようと思った。
ーーしかし、たった2分で効果が薄れるかは疑問だ。幻術にかかることを想定して対策を練ろう。幻術が視覚だけでなく気配も消せるのなら、こちらから反撃できる機会は少ない。オポポニーチェは歳をとっているように見える。背も低い。私よりも力はなさそうだ。鈴を握りしめ、触られた瞬間に反撃する。
 情報には感情を入れない。敵を過大評価も過小評価もしない。ただあるがままを受け取り、その対策をとるだけだ。
「観蓮さん。観照さん。鈴を取られないように、三人でぴったりと背中をつけて進みませんか? そうすれば、背中からの不意打ちを防げます。私たちほどの実力だったら、敵が前からしか来ないなら、どんな幻を見ても対処できるはずです。また、背中が互いについている感覚があれば、幻に包まれたとしても、自分の今いる位置を判断できるはずです」
「しかし、貴方は女性……」
「いいぜ」カンレンの言葉をとめたカンショウの目は、爛々と輝いていた。
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