第3話 円卓(2) Round Table

文字数 2,202文字

 フタバはシュガーマンと握手を交わした。手が氷のように冷たい。
ーー気持ちいい。いつまでも握っていたい。なんなら抱きしめたい。
「まあ、腰をかけてくれたまえ」
 フタバは現実に戻り、言われるがまま、グスタフのひいてくれた椅子に腰を下ろした。シュガーマンは円卓を半周して、再びフタバに近づいた。
「さて、双葉さん。話というのは他でもない。実は今、アルカディアは今までにない危機を迎えているのです」
「はい。今までの歴史を紐解いても、こんな危機は一度もありません」
 突然、シュガーマンの後ろにいた緑色のスライムのような怪物が、甲高くせわしない声で合いの手を入れる。
ーーえ? 急に話し出したぞ?
 フタバが怪訝そうな目でスライムを見ると、スライムは伸び縮みしながら慌てて自己紹介をはじめた。
「あ、わたくし、ドングルモッチと申します。KOQ、あ、ナイツ・オブ・クイーンの騎士でして、ここ円卓では書記官をやらさせていただいております」
 その慌てぶりがフタバを優しい気分にさせた。人は自分より弱いものを見ると心がなごむか嗜虐的になる。フタバは嗜虐的にならないように注意しながら、ドングルモッチに話しかけた。
「それじゃあドングルモッチさん。お二人のおっしゃる危機というのは一体何なのですか」
 ドングルモッチは、よく聞いてくださいましたという顔をする。まぁ、顔と思っている場所が本当に顔で、シワの動きが本当に喜びを表現しているのであるのならば、なのだが。
「はい。危機ですね。その危機とは、あ、少しお待ちを」
 ドングルモッチは一度考え込んだ後で、すぐに話を続けた。
「双葉さんの知識を考えるに、かなりの基礎からお話ししなければならないと思いまして、わたくし、自分の言葉をさらに補足しながら話を続けることにいたしました」
ーーわー、できるスライムだ。
 フタバは誰にも差別をしない。賢いと思った瞬間から、ドングルモッチにたいして深い尊敬の念が生まれた。ドングルモッチは話を続けている。
「まず、危機についてですね。我らが女王陛下の治めるアルカディアは、たくさんの国にわかれております。ただ、この国の概念は、フタバさんたちのいるリアルとは少々異なります。国同士の繋がりがほとんどないのです。一つの国は一生物による想像から生まれるので、他人の心に影響を及ぼすことができません。どの王も、自分の国にしか興味がないのです」
ーー人間も同じだよ。
 フタバはうなづいた。
「ところが、十年に一度くらいの割合で、どの国にも影響を及ぼすことのできるアルカディアンがあらわれます。彼らをエニグマといいます。エニグマは、ズカズカと他国に土足で踏み込み、悪さを働いたり、場合によっては国を滅ぼします。自分の脳味噌に強制的に他人の強い感情が侵略してくる感覚を想像してみると、どれだけ嫌な気分なのかがわかることと思います」
 フタバは、徐々に自分の脳が乗っ取られていくことを想像した。脳が豆腐の塊のようになっていくような感覚。フタバは思わず身震いをした。
「そして、アルカディアンの各国は、自分たちの常識の中で自己完結しているため、他から来た者に対応することができません。自分の想像力を超えるような都合の悪いことなんて考えられないのです。そんな国の民衆たちは、侵略者に弄ばれ、まるで赤子のようにされるがまま。そこで登場するのが、我々、女王陛下の騎士団と、女王陛下のお友達です」
「女王陛下のお友達、か」
 ドングルモッチは話を続けた。
「そう。女王陛下のお友達。我々KOQは、確かに個人個人に強い戦闘力や、有用な特殊能力を備えているものが多いです。けれど我々のほとんども、他のアルカディアンと同じように自分の国に住んでいます。他の王より我々の方がまだ融通をきかせることはできると自負しておりますが、それでも女王陛下をお守りする以外、女王陛下の出された命令をただお聞きするくらいしか、自分の固定概念を抜けることができないのです。いや、もちろん女王陛下ご自身がご命令をお下しになられれば、我々は一丸となり、全力で事にあたることができます。ところが……」
 ドングルモッチは困った顔をして身を縮めた。
「女王陛下は、命令をお下しになられないのです。楽しいお話を聞いて微笑まれることや、嫌な話を聞いて眉をひそめることはありますが、一向に我々に命令をしてくださらない。もちろん女王陛下をお守りするという名目で、我々も個別で危機に対応しようとはしているのですが、なんせ柔軟性がないようで、頭がとんと回らないのです」
ーー柔軟性はありそうだがな。
 フタバは口には出さずに、ドングルモッチの揺れ動く体を見つめていた。
「そこで現れるのが、女王陛下のお友達です。お友達は、女王陛下がリアルから呼び寄せる救世主です。その時代のリアリストで、一番想像力の高いものが連れてこられるといわれています。大抵は十歳前後の子供が選ばれることが多いようですが、本当のところ、選考基準は不明です。言葉通り、ただ女王陛下が遊びたい子を連れて来るだけだという説もあります。とにかく、その子供が女王陛下から騎士団の全権を預かり、危機に立ち向かい、持ち前のアルカディアンにはない想像力を駆使して、アルカディアを平和に導いてくれていたのです。今までは」
「そう。今までは」
 黙って隣で聞いていたシュガーマンが、低く落ち着いた声で話を奪った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み