第15話 再会 Reunion

文字数 2,167文字

「いっちゃった」アオピルが寂しそうに言う。
「赤い靴ーはーいてたー、おーんーなーのーこー」アカピルが歌う。
ーーへたうま。
「サオリちゃん。泣くのはおやめ」ピョレットは優しい。
「頭くしゃくしゃってしてあげる」
ーーそーゆーのは求めてない。
 ピョーピルたちがにぎやかに慰める。サオリはいつの間にか泣き止んでいた。
「大丈夫かい?」
 ミサオが流し目で近づいてくる。
ーーうん。
 サオリは無言でうなづき、ミサオを見上げた。
ーーこの人がアイちゃんの決勝戦の相手かー。
 サオリはパンフレットを読みこんでいた。名前さえわかれば、目の前にいる薄青い剣道着を着た青年が誰かはわかる。キリュウミサオ。全日本剣道選手権大会三連覇中。異名は若獅子。25歳。慶應大学を卒業して警察庁に勤務している若きエリートだ。
 すらりとした体格。180センチ近い。眉はもともと太目だが、細く薄くして整えている。左目の下についているホクロは、目立つように黒く塗っている。制汗剤も使って中性的。剣道着からは柔軟剤の匂いが香る。さぞかしモテることだろう。
 ミサオの右手がゆっくりとあがる。自分の頭に向かってくる。
ーーなでられる!
 サオリは反射的に警戒モードになった。
ーーこんなにもイケメンで強い俺の頭なでなでを嫌がるのか?
 警戒された気配を感じたミサオは、その手をおろした。
 サオリが泣き止んだ姿を見て、周りにいるたくさんの野次馬たちも再びざわつき出す。
「あの子すごいな」
「跳んだぞ」
「しかも素早い動き」
「でも泣いちゃうんだな」
「単純に可愛い」
 もうしばらくここにいると、空気を読まない誰かが声をかけてきそうだ。その結果、また面倒なことに巻き込まれてしまう。
「はやく逃げよー」シロビルが袖を引っ張る。
 とはいえ、逃げたら追ってくる人もいそうだ。追ってくる人間なんてヤバい人だ。ヤバい人を厳選して、ふるいにかけて追わせるようなものだ。
「アイちゃん一色だったここの会話は、今、みんながサオリのことを話しておるぞ」ミドピルがうなづく。
ーーなんか、思たのと違う。
ーー頭は撫でられなかったが、手ぐらいならばいいだろう。
 ミサオは、サオリの手を引っぱった。本当は手のひらを合わせたかったが、これも警戒されていたので手首を持つにとどまった。
「一度、俺の控え室に行こう。選手と関係者以外は追ってこられないから。ほとぼりが冷めるまで、そこでゆっくりしなよ」 
 ミサオはサオリを逃したくなかった。そのため、とにかく優しくして、なんとか自分のテリトリーにひきいれようとした。サオリはただの親切だと思っている。そういうことには気づかない。
ーーでも……。なんというか……。このままついていってもいいものかどうか……。
 サオリは、他人に迷惑をかけたくないタイプの人間だ。初めて会った人。しかも、アイゼンの対戦相手に恩を売りたくない。
 少し考えていると、野次馬の中から一人の男が声をかけてきた。サオリの予想通りだ。だが、かけてきた内容は、予想とはかけ離れていた。
「サオリかい?」
 なんだか暢気な声と、きたもんだ。
ーーアタピを知ってる人?
 サオリは思わず振り向いた。中肉中背のおじさんだ。髪の毛はパーマで、目が細い。スーツの下に派手な柄シャツを着ている。柄シャツは、クマが包丁を振り回している絵が何十個も描かれている。だが、こんなにもヤバい服装でも、なぜか危ない雰囲気が一切無い。大きな丸メガネをかけている。
ーーこの年齢だとパパの知り合いかな?
 パパとは加藤雅弘のことだ。もしまだ生きていれば、この派手柄おじさんと同じくらいの年齢だ。
「サオリの名前を知ってるくらいだから、マサヒロの知り合いかもね」シロピルもうなづく。
 マサヒロは社交的な冒険家だった。そのため、人付き合いは多岐にわたっていた。このくらいの知り合いがいた可能性は高い。
「確かにマサヒロの兄弟子ではあるがね。声をかけたのは関係ないよ」
ーーああ。違うんだ。
 サオリは一度、おじさんの言葉を受け止めた。
ーーエッ?
 そして、すぐに不自然なことに気づいた。
ーーあれ? この人、シロピルの言葉が聞こえてる?
「そんなことないだろ」
「そんなことあるんだよ、おチビさん」
「ひぇぇー」シロピルは驚いて、サオリのポケットから転げ落ちそうになった。
 驚いたのはサオリも一緒だ。自分にしか見えないただの幻想だと思っていたピョーピルを、見られる人がいたのだから。
 ミサオが、派手柄おじさんとサオリの間に割って入る。変なおじさんが話しかけ、独り言を言い、ついにはサオリをおチビさん呼ばわりする。ミサオが危険だと判断するのは当然だ。
 それにこれは、自然と肩を抱くチャンスだ。サオリは茫然自失になっていたので、なんの抵抗もない。
「行こう」
 サオリは固まったまま、ミサオにうながされて階段を下っていった。一階ロビーにいる客のざわめきや拍手が鳴り止まない。警備員が下に降りようとする客を止めている。だが、サオリの姿が見えなくなると熱は冷め、また元のように、それぞれの生活に帰っていく。まるで砂糖をみつけたアリが、砂糖をとりあげられた後のようだ。本当に何事もなく元に戻る。
「アスタラビスタ、サオリ」
 フタバは、映画『ターミネーター』の音楽を頭の中で鳴らしながら、すぐ隣の売店の列にそのまま並んだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み