第203話 ランクE AFE

文字数 2,107文字

 サオリとタンザがステージで対峙している間、クマオは、アイゼンとギンジロウにも、それぞれの賢者の石を返還していた。任命式の時間と場所、それからアイゼンには、ヤマナカからの言葉も伝えた。サオリがステージから戻ってくる。
「大丈夫?」アイゼンは、自分の賢者の石を握りながらたずねた。
「うん!」アイゼンの心配をよそに、サオリは、すぐにスカイが使えることが嬉しくて仕方なかった。
ーーはやく自分の錬金術を試したい。う、で、が、なるぜい。
 サオリは、モード・アルキメスト時の、対人用体術の動きを復習した。ここ2ヶ月の間、ミハエルと練習していた技術だ。
「Eランクになったな」チャタローが、サオリの側に寄る。
「アルキメスト・ランクEの技について教えてやるよ」
ーーえっ? チャタローが?
 サオリは、驚いた顔でチャタローを見た。
「バ、バーロー。俺の意思じゃねーよ。つまり、その……、あれだ。モフフローゼンが、教えてくれって言ってやがったんだ。友達だからな。別に心配してるわけじゃねーぞ。勘違いすんなよ」
 ほとんどの愛玩動物は表情を大きく変えない。体の動きで感情を表現する。だから無邪気に見えて可愛い。チャタローは理性があるので、普通の動物よりもさらに表情を見せない。それでもサオリには、チャタローが自分のことを心配してくれていることがよく分かった。
ーーありがと。
「ほら、やるぞ。こっち来い」チャタローは歩く。
 サオリは小走りでチャタローに追いつき、目線を合わせるためにしゃがんだ。チャタローは話す。
「MAは、PSを気体として纏わりつかせることで、リアルと自分との間に空間を作り出す。そういう技だ。だから、リアリストに攻撃されてもダメージを受けない。そもそも当たらねぇんだからな。そこまでは分かんだろ?」
 早口だが基本だ。サオリはうなづいた。
「でも、この技には弱点がある。延長戦では、いくらダメージを受けなくても、ステージから落とされれば負ける。強く投げられたら止められない。それを防ぐのが、ランクEの技にゃ。アルカディアから、空間ではなく、時間を持ってくる。そうすれば、気体にしたPSを動かさないようにすることができる」
ーーん?
 サオリは首を捻った。あまりよく意味がわからない。
「なるほど。それは良い案ね。私が説明するわ」話を聞いていたアイゼンが口を出す。ギンジロウもうなづいている。2人ともランクが上なので、すでに習得している技術だ。
「ゼン」ギンジロウがモード・アルキメストになる。
「これがMAだろ?」言いながら、ギンジロウは手を突き出した。
「触ってみて」こういう時は恥ずかしさなくサオリに接することができる。
 サオリは、ギンジロウの手に触れた。
ーー硬っ。
「思い切り押してみて」
 押しても叩いても、全く動く気配がない。力の問題ではない。
「ネーフェ先生と戦った時のことを覚えてる?」アイゼンがたずねた。
 初めて錬金術に触れた事件。衝撃的な出来事だ。
ーー覚えすぎてる。
 サオリはうなづいた。
「喉を竹刀で突いても、先生は微動だにしなかったでしょ? あれが、PSの時間を止める、ということよ。ストッピング・ストーン。SSっていうの」
「ストッピング・ストーン。SS」サオリは、自分に聞かせるために復唱した。
 成長とは、何かをきっかけに伸び、また停滞し、という状態を繰り返して進む。線グラフでいうと、坂道ではなく、階段だ。
 サオリは、この2ヶ月の間、ずっと基礎訓練しかしていなかった。そして、今聞いた技の名前。今までの基礎訓練が、全て結びついた。ミハエルが仕込んでおいた成果だ。これを、きっかけという。
「MAでPSを気体化させた時、分子の運動を感じたと思うの。SSでは、手のひらにある分子の動きを止めることを意識してみて」
 サオリは右手を伸ばし、左手で右手首を抑え、右手のひらに力を集中した。ゆらゆらと動いている気体状の賢者の石が、右手のひらの中で固まる。サオリは一度目で、早くもコツを掴みはじめた。
 アイゼンは、サオリの手のひらをノックして、硬さを確かめる。
「うん。いいね。だいたい、発動まで10秒くらい、か。あとは、時間を早くすれば使えるけど……、さすがに、練習する時間はないみたいね」アイゼンが振り返るのと、クリケットが呼びかけるタイミングは、ほぼ、同時だった。
「それでは、代表選手は、ステージにお上りください!!
「がんばってね」アイゼンがサオリの肩を叩く。サオリはうなづいた。
ーーいい調子。
 アイゼンは信頼しきった顔で、車の背もたれにもたれかかった。
「負けてもいいからケガしないでね」ギンジロウも親指を立てて見送る。
「負けないから」ギンジロウとしては、サオリが気負わないようにかっこつけたつもりの言葉だった。だが、サオリとしては、ギンジロウに信じられていないようで腹が立った。
ーーま、いいや。
 今は、そんなことを考えている時間がもったいない。サオリは、すぐに戦闘モードになった。ギンジロウを一瞥もしない。ステージで待つタンザを睨みつけながら階段を上っていく。
ーー女心って難しいな。
 ギンジロウは肩を落としながら、悲しそうに眉をしかめた。
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