第130話 3回戦(11) Third Round

文字数 2,671文字

 降霊術のおこなわれていた水晶玉の部屋をドゥームバギーは抜けた。
 今までの雰囲気は一新、おどろおどろしい舞踏曲が聞こえてくる。中世ヨーロッパ風の手すり。階下では華やかな舞踏会。
 第5のエリア、舞踏会会場だ。
 中央には白布をしいた長大なテーブル。食器が人数分並んでいる。紳士淑女が会食を楽しみ、周りでは何組ものカップルがワルツを踊っている。全員が亡霊だ。
「沙織! オポポノコもイケメンバカと踊ってるよ!」キーピルが指差した。
 サオリはチラリと見た。
 オポポニーチェは女物のドレスを着て御満悦だ。だが、距離はかなり遠い。攻撃される心配はないだろう。
ーーだったら。
 サオリはBGMに耳を傾けた。オーケストラ部に入部しているくらいだ。女装よりもクラシックやオペラに興味がある。
ーーなんだろ? マイナーコードなのにソーゴン。踊りにくそうだけど心躍る。
 部活ではパーカッションを担当している。
 舞踏曲にあわせてサオリは知らず、ドゥームバギーの肘掛けを叩いてリズムをとっていた。あちこちから聞こえる大きな悲鳴が一体化して静かな音楽を作り出す。自分の鼓動と、遠ざかる音楽と……。
ーーん?
 鼓動の音は自分のものだけではない。
ーー誰の?
 ドゥームバギーは屋敷から飛び出す。
 辺りはさらに暗い。
 音楽は消え、誰かの鼓動の音だけが更に大きく聞こえてくる。
 真っ暗闇に何体かの亡霊。
 そして……。
 鼓動の正体は、透明な花嫁姿の幽霊だった。真っ赤な心臓が透けて見える。間違いない。
ーーわー。ロマンチ。
 サオリは単純に、この花嫁のことを美しいと感じた。ホーンテッドマンションはサオリの琴線に響く出来事ばかりが起こる。

 花嫁を過ぎると再び音楽が流れはじめる。軽快でありながらも不気味。先ほどとは違う曲。
 第6エリア、墓場だ。
 ドゥームバギーは半回転して後ろ向きになり、ゆっくりと丘を降りていく。
ーーこんな身近なとこでも、まだまだ見たことない美しいもんが存在してんだな。
 サオリは初めて東京ディズニーランドに来て、製作者に対しての尊敬と感謝の念が鳴り止まなかった。
ーーもっとゆっくり楽しみたい。また、桃と一緒に来よー。
 だが、今は戦闘中だ。索敵に集中しなくてはならない。アイゼンは既にいない。自分の身は自分で守らなくてはいけない。
 だが、サオリに集中しようという意志はあっても、ピョーピルたちは自由だった。
「座席逆さまになっちゃったから、景色まったく見えないよー」キーピルが不満を口にする。
「そういう時は、後ろが見やすくなったって思えばいいんじゃない?」シロピルが諭す。アカピルは素直に振り向き、新発見だという顔をする。
「でも、やっぱ前が見たい」キーピルは一瞬だけ振り返ったものの、すぐ前を向き、不服そうにドゥームバギーの背もたれの隙間から前を見た。
 と。
 突然。
 ドゥームバギーが止まった。
ーーあれ?
 音楽も止まる。真っ暗闇だ。亡霊以外の発光体がなにもない。
ーーどしたの?
 アナウンスが教えてくれる。
「困ったもんだ。彼ら亡霊どものイタズラ好きには。頼む。そのまま座っていてくれたまえ。すぐに動くようにするから」
「もしかして、キーピルが景色見たいって言ったから止まってくれたのかなー?」アカピルがキーピルをいじる。
 確かにいい景色だ。暗いとはいえ、丘の上から全てが見渡せる。
 墓場に亡霊。興味深いものも多い。
 ピョーピルの話を聞いていたサオリは楽しい気分に耐えきれず、セーフティーバーを抜けて辺りを見回した。形にならない発光体のような亡霊が何十と天に召されていく。そして墓場には人の形をした陽気な亡霊が。
ーーえっ?
 墓場に並ぶ墓石を見てサオリは驚いた。こちらが亡霊を見ているのではない。亡霊たちがこちらを見ているのだ。
 怪物を倒すために怪物になるなかれ。深淵を覗くものは、また深淵に覗かれているのだ。ニーチェの『善悪の彼岸』の一節を思い出す。
ーー気のせい?
 否。
 気のせいではない。
 音楽も止まっている。
 墓場は静かだ。
 自分の心臓の音でさえ聞こえる。
 亡霊たちは隣同士でヒソヒソ話をしている。
「どうしたんだろうね」静寂に耐え切れないのだろう。ギンジロウが話しかけてくる。
 サオリは首をすくめた。わかるはずもない。

 と、全ての亡霊たちの目が光る。

 時が動いたとはこのことだ。
 静から動へ。
 何百という発光体のような亡霊たちが、滑るようにサオリたちに向かって襲いかかってきた。先ほどまでの穏やかな顔ではない。口を広げて凄い勢いだ。白い恐怖と化している。
 亡霊たちの怖いところは、人間と違って牽制も躊躇もないところだ。関節もなければ筋肉の動きもない。心の動きも読めない。ただ襲いかかってくる。
 ただし、怖いだけで攻撃力は皆無だ。体をすり抜けて消える。
「さて、紳士淑女の諸君。ダンスの後はお食事です。本日の料理は何か、ですって? それは……貴方がたですよ! オーポポポポポー」大音量でオポポニーェの声が響く。
「みなの衆! 頭を下げろ!」カンレンがセーフティバーを抜け、ドゥームバギーの上に立ち上がった。
「オン・ダキニ・ギャチ・ギャカニエイ・ソワカ!!」大声を出して印を組む。
 カンレンが叫ぶと同時に、カンショウは身を屈めた。
 ギンジロウは立ち上がって不測の事態に備えようとしたが、カンショウがしゃがんだのでサオリと目を合わせ、2人ともに身を屈めることにした。
 ボルサリーノは最初から、「怖いでヤンス」とつぶやきながら縮こまっている。
「ハーッハッハ! 悪霊退治は拙僧の十八番である。亡霊ども! かかってこい!! 正体を見破ってやる!! 退魔覆滅!!」カンレンはドゥームバギーの背もたれに片足をかけて足場を確保した。
 亡霊たちは向きを変え、一斉にカンレンに向かって襲いかかる。
ーー立川流八十八式戦闘術奥義、悪霊縛り!
 カンレンは自分の法衣の裾を思い切り引っ張った。上衣が脱げる。特別製のようだ。振り回すと大きな布に変わる。
 上半身は裸。右手で浄衣を振り回す。同時に左手を細かく操ると、浄衣は糸のようになってほどけていく。
 布はさらに細く広がり続け、鵜飼いのように沢山の糸を伸ばしていく。範囲は5メートル以上。本当に亡霊を鎮魂しているようだ。
「か、かっけー」アカビルが身を乗り出す。
「坊主やば!」シロピルも大興奮だ。
 ピョーピルたちは全員ドゥームバギーの背もたれの上に一列に並び、拍手喝采大興奮。隅田川で花火大会でも見物しているかのように大騒ぎで、カンレンの戦いを見ながらヤジを飛ばした。
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