第26話 表彰式(2) Ceremony

文字数 1,624文字

 一瞬の静寂。
 続いて、パラパラとした拍手。
 拍手が少ないことに気づいた観客は、我に返ったように全員で拍手を始めた。
 ジュウゾウの三位は、観客全員が祝福の気持ちを持っている。だが、ミサオの準優勝は複雑だ。手放しに祝福してもいいものかという複雑な気持ちがある。
 それでも観客は残酷だ。同情とともに、負けたミサオがどのようなコメントを用意しているのかが気になっていた。
ーー注目を集める選手の宿命だな。
 ミサオもその雰囲気を感じていたが、務めて明るい顔をして表彰台に上がった。
ーー面白い話を引き出すぞ。
 アンザイはプロに徹し、笑顔でミサオにマイクを向ける。
「桐生選手。第二位、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
 ミサオは毅然とした態度で応えた。ふてくされず、男らしく、サバサバとした態度をとると決めていた。
「世界大会制覇、なりませんでしたね」
「はい」
「試合自体は終始押しているように感じられたのですが、敗因はどこだと思いますか?」
「自分が弱かった。それだけです」
 アンザイはプロのアナウンサーだ。観客の聞きたい言葉を引き出したい。もちろん最初は、敗者に鞭打つようで申し訳ないという気持ちもあった。だが、ミサオが毅然とした態度をとるにつれ、その気持ちはすっかり薄まる。インタビューはなおも残酷さを増して続けられた。
「桐生選手が弱いだなんて絶対にありえません。現に3年間、すべての剣士を倒してきたじゃないですか。今回の試合でも終始攻め続けていましたし。それでもあなたは、藤原選手が現在一番強い剣士だと認めるのですか?」
ーー違う。運が悪かった。油断しただけだ。再戦すれば俺が勝つ。俺が一番強いんだ。今すぐ再戦させてくれ。
 言い訳をしたい気持ちが湧いてくる。その衝動を必死で隠す。ミサオはただ、淡々と返答した。
「はい。結果が全てです」
 アンザイは近くにいる分、ミサオの心の中が伝わってくる。
ーー悔しがる姿を見せる方が視聴者は喜ぶ。なんとしても本心を言わせたい。
 人間は一皮むけば残酷だ。アンザイはこんな質問をぶつけた。
「それでは、次に対戦したら藤原選手に勝てると思いますか?」
 先ほどジュウゾウに同じ質問をしたのは、ミサオにぶつけても不自然ではないと思わせるための伏線だ。
ーー本心を口に出せ。
 「勝てる」と言わせたいがためにお膳立てした質問。
ーー勝てる。
 ミサオも負けず嫌いだ。本心を言いたい。だが、カブが下がることは明白だ。勝てる、以外の言葉を必死で探す。観客は息を飲み、ミサオの発言を待っている。
「それは……、やってみないとわかりません」
「ということは、次に対戦しても負けるかもしれないということですか?」
 この時とばかりアンザイは畳みかける。ミサオのプライドをつつきまくる。だが、この質問で逆に、ミサオは冷静さを取り戻した。どの相手と戦う時も、絶対に勝てるという楽な気分で勝負の場に立ったことはないからだ。
ーーこいつ、俺を罠にハメようとしている。
 ミサオは気づき、顔を上げ、誇りを持って答えた。
「はい。いつも負けるかもしれないと思って戦っています。それは藤原選手に限らず、どの選手にたいしても同じです」
 アンザイは、自分の質問の失敗を感じた。だが、後の祭りだ。こういう瞬間の勝負では、一度の失敗が取り戻せないことになる。流れは逃した。
ーー今回は負けた。
 アンザイは諦め、笑顔のまま進行を進めた。
「なるほど。来年の全日本選手権大会では雪辱が果たされるのでしょうか。楽しみにしております。桐生操選手、ありがとうございました」
「ありがとうございました」
 観客からは拍手と共に、たくさんの期待している声が飛んできた。
「よくやったー」
「次がんばれよー」
ーーこの惨めさを忘れない。来年こそは再戦だ。そして、必ず勝つ!
 ミサオは心に誓い、深々と頭を下げた。観客席からの拍手は静かだが、温かかった。
 拍手がおさまり、ヤマシタは次の選手を呼ぶ。
「優勝。藤原愛染」
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