第160話 4回戦(3) Final Round

文字数 2,085文字

「15分経過。最後のチーム。黄金薔薇十字団。いざや、進めい!」ジョニー・デップがかっこよく手を振る。
 オポポニーチェはカリブの海賊内へと歩を進めた。薄暗がりの石畳を歩いていく。
ーーさて、ラーガ・ラージャさん。貴方はどこまで私の美しき薔薇の罠を見抜くことができたでしょうか。
 これが最終戦。オポポニーチェは浮かれた気分になっていた。あのヤマナカをもってして「自分以上の逸材」だと言わしめたフジワラノアイゼン。先ほどから水面下で小賢しい小細工を弄していることは分かっている。
ーー何かしらの答えは持っているようだけど、果たしてそれが正解や否や。
 せっかくの最終戦だ。すぐにアイゼンたちのもとへは行かない。オポポニーチェはフォーとシザーを引き連れて、ゆっくりとジャン・ラフィットの船着場の中を一周した。今回が最後の答え合わせ。彼女たちは見事正解へと辿り着けるのだろうか。
ーーま、辿り着けなければ……。
 オポポニーチェは目線を上げた。先には骨になった海賊の姿。
「オーッポッポッポッポッポ」オポポニーチェは声を限りに大きく笑った。  
 オポポニーチェの使用しているA級ドープ・ファンタジーは、エリクシール・ポワゾンという。相手に幻覚を見せるファンタジーだ。使用者と同様クセが強い。使用するだけでバラの芳香を撒き散らす。だが、その匂いは効果とは全く関係がない。吸わなければ幻覚にかけられないというわけではない。
ーー先ほど鼻を押さえていましたが、まさかこの程度の罠に引っかかるラーガ・ラージャさんではないでしょうねぇ。
 オポポニーチェはクスリと笑った。
 エリクシール・ポワゾンの発動条件はただ1点。使用者と対象者がお互いに意識していること。それだけだ。
 人間は現実世界で生きている。常識だ。だが、自分自身がいなければ世界を感じることができない。つまり、世界は自分がいなければ存在することができない。エリクシール・ポワゾンはこの性質を利用している。現実世界に干渉する性能は一切ない。雷も出ない。空も飛べない。人も操れない。ただ相手の脳内に働きかけ、使用者が創造する世界を見せる。それだけのファンタジーだ。
 自分も行動しながら他人の脳に幻想を見せる。これは思う以上に難しい。例えるならば、VRゴーグルをかけてゲームをしながらワイプで現実世界を見て行動するようなものだ。並の錬金術師では現実世界にUFOを見せる、もしくは拙い分身を作り出す程度の幻覚しか見せることはできない。
 だが、これが使用者によっては恐ろしい効果を生み出す。創造力豊かなオポポニーチェの手にかかれば、相手の視覚だけではなく、嗅覚や聴覚、果ては触覚や気配でさえもコントロールすることが可能なのだ。
 全ての感覚を思い通りにすることが可能なら、対象者にとっての現実は現実ではなくなる。3回戦では全選手がオポポニーチェの罠にハマった。アイゼンやタンザのような実力者でさえもなす術なく鈴を奪られたのは、視覚と気配を操られていたからだ。ギンジロウがドゥームバギーから転げ落ちたり、鈴の感覚がなかったことも、感覚を操られていたからだ。ヒッチハイクエリアにおいてのサオリは、話したい内容に対してエリアの距離が短かったので、時間稼ぎのためにオポポニーチェに抱きかかえられていた。もちろんサオリ本人は持ち上げられていたことに気づいていない。ただドゥームバギーに座っていただけ。未だにそう思っている。
 試合を観ていた客は全員知っているが、幻想を見せられているとは知らない。ただ、明らかにおかしな光景だと感じたことは確かだ。そして競技者たちは、客の動きや今までの試合のVTRを見ることはできない。ゆえに誰も事実を知らない。
 そんな無敵に見えるエリクシール・ポワゾンだが、3つの大きな弱点がある。
 ひとつめは、複雑な幻術を複数の相手に発動することができないところだ。大人数にたいしては単純な幻術しか使用できない。
 ふたつめは、互いに認識をしていないと効果がないことだ。2回戦、サオリにエリクシール・ポワゾンが効かなかった理由は、サオリが自分の足元にいることを認識していなかったからである。もしその様子をアイゼンが見ていたら、この時点でエリクシール・ポワゾンの正体が分かったかもしれない。だが、逃げ出していたのでその場にはいなかった。サオリから2回戦終了後に話を聞いただけだ。ここは運が悪かったといえよう。
 そしてみっつめは、10メートル以内の距離の相手にしか効果がないということだ。ただし、10メートル以上離れた距離から正確に攻撃することは難しい。しかも動いている人間の鈴を取ることは並大抵の腕では不可能だ。
 もちろんオポポニーチェは、これらの弱点については重々承知している。アイゼンやタンザがどのような攻撃を仕掛けてきたとしても対応策は考えている。
ーーさて、お手並み拝見です。いったいどこで仕掛けてくるのでしょうか♪
 フォーとシザーを引き連れてスキップをしながら、オポポニーチェはようやくバトー乗り場へと到着し、3人共に1槽のバトーに乗り込んだ。
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