第145話 美女と野獣(1) Beauty And Beast

文字数 1,377文字

ーーさて、これで点数の譲渡については問題なくなったわ。最低条件の戦える状況は整った。
 外に出たアイゼンは、少しベタつく夏の夜の空気を思い切り吸い込んだ。海風が心地いい。
ーーあとひとつ。オポポニーチェを仕留める方法だ。1点でも取られては勝ち目がない。
 オポポニーチェの情報をまとめながら歩き出す。
ーー作戦はある。幻覚のカラクリも分かってきた。対策も練った。ただ、実行するためには……。
 アイゼンは早足でイッツ・ア・スモールワールドへと向かった。そこにはリリウス・ヌドリーナのラウンジがある。

ーー誰だ?
 インターホンを押した相手を見てタンザは驚いた。対戦相手のアイゼンだ。
「何しにきやがった!」いきりたつビンゴを、タンザは片手で押し留めた。
「お前はあっちに行ってろ」ビンゴをキッチンへと追いやる。
ーーこいつは剣の腕が立つと聞いている。だが、武器は持ってねぇ。闇討ちするつもりならノコノコとは乗り込んではこねぇだろう。それに……。
 タンザには懸念があった。それが、水のように飲んでいた赤ワインを持つ手が止まっている理由だ。
「あがれ」
「ありがとう」アイゼンはラウンジへと上がる。ボルサリーノはいない。いつも通り、外に出ている。
「ここ、いい?」
「ああ」
 タンザの許可をえて、アイゼンは入口近くの椅子に座った。猛獣の檻に入ったようなものだ。緊急時には逃げ出せるような場所にいなくてはならない。
ーーまったく。とって食いやしねぇぞ。
 タンザもソファーに腰をおろした。お尻が深く沈む。長くて太い両膝に肘をつけ、手を顔の下で組む。敵とはいえ極上の女だ。部屋中にフェロモンが漂う。つい気持ちが緩む。
「凶暴な猫の巣に鼠が1匹か。チョロチョロと迷い込んできたのはどんな理由かな? ここにチーズはねぇぜ」
「トム&ジェリーね」アイゼンは余裕を見せ、すぐに真剣な顔をした。
「タンザさん。あなたはオポポニーチェについてどう考えていますか?」
ーー挨拶もなく、いきなり核心かよ。
 タンザはふいをつかれた。だが表情には出さない。ただ毒づく。
「あのふざけた野郎か? 次はぶっ潰す」
「ぶっ潰す?」アイゼンは言葉を溜めた。
「ぶっ潰す作戦を考えつきましたか? タンザさん」
「考えるまでもねぇ。踏みつぶしてやるだけだ」
 アイゼンは声もなく笑った。
 しばらく黙る。
ーー静寂が心地悪ぃな。
 タンザは動揺がばれることを恐れた。
「言うことはそれだけか? だったら帰れ」
「タンザさん」アイゼンは目を見つめた。
 タンザの不安をあおれるだけあおる。
 ゆっくりと言葉を渡していく。
「あなたは、そんな単細胞ではないはずだ。だからこそ、オポポニーチェの強さを知っている。だからこそ、私の話を聞いている」アイゼンは真剣な顔のまま、タンザと同じように手を顔の下で組んだ。
 目はそらさない。何もかもを見透かしているような目つきをする。
ーーくそっ!
 タンザは視線を外した。オポポニーチェには勝ち目が薄いと考えていたのだ。そして勝つための作戦も思い浮かんでいない。その不安を言い当てられてしまっている。
 タンザは、再びアイゼンと視線を合わせた。
「で?」タンザは尋ねた。
「何か、勝てるいい作戦でもあるのか?」
 アイゼンはニッコリとした。
「ええ」自信ありげだ。
 知らずタンザは前のめりになり、アイゼンの声がよく聞こえるような体勢をとった。
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