第175話 4回戦(18) Final Round

文字数 1,769文字

 タンザは天井を見上げた。審判であるジョニー・デップが見ているのは間違いないが、場内アナウンスは流れない。ルール違反ではないという委員会の判断のようだ。
「マルディチオーネ」タンザは吐き捨てた。
 鈴と尻尾を奪いあうキャッチ・ザ・マウスにおいて、一番の重要事項は攻撃力ではない。射程距離である。2人の持つ竹刀は約120センチ。操作性に優れた八角小判胴張型。完全にキャッチ・ザ・マウス仕様だ。
ーー俺との身長差は40センチ。ビンゴは60センチ。ということは、リーチ差は30から40センチ。刀の長さを計算に入れれば50センチは負けている。しかも俺たちの鈴は前面、奴らの尻尾は後ろ。正直な奪い合いをするには圧倒的に不利だな。
 タンザはビンゴに目で合図した。
ーーおい。作戦を組むぞ。
 だが、ビンゴはすでに戦闘モードだ。タンザの姿が目に入っていない。完全にやる気に燃えている。
ーーバカは何も考えねぇな。
 タンザは舌打ちした。
ーーなら仕方ねぇ。
 この場面、アイゼンだったらザ・ゲーム委員会に竹刀の是非を問う。問うている間は攻撃をされないし、成否に関わらず時間を稼ぐこともできる。新しい作戦を考える時間も作れる。
 だが、タンザは文句を言わない。頭はいいが、アイゼンのような戦略脳は兼ね備えていない。自分たちが有利でなければ運営に文句を言う。そんな格好悪いことを考えはしない。代わりに、圧倒的な自信と覚悟がある。自分ならどんな状況でも切り抜けられる。あらゆる困難から自分が仲間を守る。その覚悟はできている。
 だがタンザには懸念があった。アイゼンと共闘している内に、知らず彼女に過大評価を抱いていたのだ。これは良くない。
ーー見てみろ、タンザ。
 アイゼンを見ながら自分に問いかける。身長差は40センチ。体重差は約4倍。普通に戦って負ける相手ではない。
ーーあんな小せぇんだ。何もねぇ。
 タンザは自分に言い聞かせた。
 戦いにおいて、適切な評価で相対するという心構えは難しい。舐めすぎてもいけないし、気負いすぎてもいけない。淡々としてもいけないし、興奮しすぎてもいけない。心の置きどころは他の技術と違い、経験を重ねるほどに難しくなる。相手の実力を必要以上に予想できてしまうためだ。
ーー自分を信じろ。ぜってぇ負けねぇ。
 タンザはゆっくりと呼吸をし、相手のことを何も考えないようにした。

 アイゼンは、ギンジロウと共に目の前のリリウス・ヌドリーナと対峙する。建物の裏側に隠れたサオリは、集中力を上げるための作業に入った。アイゼンはサオリを信用している。ギンジロウも目の前の敵に精一杯だ。サオリの邪魔はしない。
「ほらこれ。必要やろ」クマオがブドウ糖を取り出す。
ーーありがと。
 うなづいて舐める。口の中でブドウ糖はゆっくりと溶け、サオリの体に染み込んでいく。体内の回路が繋がっていく感覚がわかる。
ーー元気出るー。
 サオリの頭が覚醒する。
 2回屈伸。
ーーもうダイジョブ。
 動揺などは微塵もない。
 サオリは身軽に建物の窓から飛び出し、そのまま天辺まで駆け上がる。
 しゃがみこんで全員を見下ろす。
ーーアイちゃん。ギンさん。タンザしゃん。ビンゴしゃん。そしてボルさん。
 時間がただ流れているなんて嘘だ。時間はウネウネと流れ、大きく価値を変えて進んでいく。寝ている時間と決戦に挑んでいる時間。同じ時間であろうはずがない。
ーー今からアタピたちは戦う。何分か後には誰かが大きな時間の価値を掴む。それによって各々の運命が変わる。みんな負けらんないと思う。でも、絶対アタピが優勝する。トマスを手に入れる。KOKに入団する。それで冒険者としてパパの足跡を辿る。
 負けられない闘いがここにある。自分のこれからの時間の価値が全く変わってしまう闘い。やるべき準備は全てやってきた。
ーーアタピの16年間は、今、この瞬間を突き抜けるために存在していた。ここを抜ける。絶対に抜ける。
 頭の中にあるタンザの優しい目。ボルさんの怯えた目。ビンゴの戦闘狂の目。それらをブドウ糖とともに頭の中から溶かしていく。
 バーサークモード。
「ジャマスルモノハスベテタオス」サオリは深い呼吸をし、改めて自分の下にいる対戦者を見た。
「ザコが」かぶっていた海賊帽が落ちていることにすら気づかないほど、サオリの集中力はピークに達していた。
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