第129話 3回戦(10) Third Round

文字数 2,392文字

ーーアイちゃんが負けたとこ、初めて見た。
 今まで学校行事やクエストを含め、アイゼンが失敗した姿を見たことがない。戦場からアイゼンが退出した途端、サオリは急に不安になった。降水予報が高い日に外にいて、カバンにいつも入れている折り畳み傘を忘れていたことに気づいたような気分。試合中でも気楽でいられたのは、アイゼンがいたからに他ならなかった。
 急に暗闇が怖くなる。
 けれども、感情と現実は分けなければいけない。仙術の教えだ。恐怖心に飲み込まれては勝利を得ることはできない。
 サオリは、隣にいるギンジロウをチラ見した。
 ギンジロウは強い。が、頼れる存在かというと考えされられる。なんだか子供っぽい。女性の方が男性よりも成長が早いというのは案外正しい。
ーー頼れるのは己だけ。そう思って戦お。
「呪文を唱えたまえ。バラバラバー」水晶玉の中のアイゼンが呪文を唱える。
「バラバラバー」サオリは呪文をつぶやいた。
ーーアイちゃんの意志はアタピが受け継ぐ! 暗闇の世界の王になるのはこのアタピ!!
 スイッチの切り替えは毎日練習している。呪文一つでサオリの恐怖は薄れる。亡霊やクモでさえもが友達になったような気がする。

 そんなサオリの姿を、2つ後ろのドゥームバギーから見ている者がいた。カンレンだ。
ーータンザ。ビンゴ。愛染殿。実力者不在のこの現状だ。拙僧が奴を討伐せば勝ちの目も出る。
 真言立川流が勝利の糸を手繰り寄せる唯一にして最大の好機。カンレンの集中力は今まで以上に高められていた。 

 水晶玉に映っていたアイゼンの顔は、金髪の白人美女へと変わっている。魔女というよりも吸血鬼のようだ。若く、肌が透き通るほど白い。彼女は呪文を唱え始めた。
「13日目のクリスマス。愛おしき悪霊の贈り物。
無限の力を与えし13の指輪。
未来を予知する12の星座。
神秘的な香り漂わす11のキャンドル。
そして掻き混ぜてごらん。未知の謎を教えてくれる10の茶葉を。
9日目のクリスマスも、愛する貴方は贈り物。
純粋な力で輝く8の水晶玉。
全ての答え持ちし8の知識の玉。
彼氏を虜にする7の知恵の真珠。
未来を映すは6の神鏡。
5日目のクリスマスにも、貴方は私に贈ってくれる。
正邪を見抜ける5の御守り。
富と財宝へ誘う4の車輪。
いざという時の3の命綱。
そして愛を成就させる2の情熱薬。貴方と私。
1番初めのクリスマス。貴方が私にくれたもの。
それは星。
運命の木の頂上に燦然と輝きつづける貴方という星」
 数え歌だ。
「意味わからんな」クマオが愚痴る。
ーー確かに。
「なんでクリスマスが13日もあるの?」キーピルが不思議がる。
「12days of Christmasて歌を知ってるか?」ミドピルが講義ぶる。
「あの歌、めっちゃ好きや」クマオがうっとりする。
「アメリカじゃ有名なクリスマスキャロル!」ピョレットもついていく。
「そう。西方教会では、12月25日クリスマスから1月6日エピファニーまでの12日間を降誕節として祝うんだ」
「エビ? ファニー?」キーピルは首を捻る。
「可愛いエビちゃん!」アカピルは叫べればなんでもいい。
「エピファニーは公現祭のこと。キリストはクリスマスに生まれ、エピファニーで世間に見つけられた、てことだ」ミドピルは難解な知識を披露するだけで満足するタイプだ。本当は東方の三博士の話などもしたいが、どうせ分からないことは言わずにグッと堪える。
「メリークリスマス!」アカピルが叫ぶ。
「アメリカでは、そう叫ぶと宗教差別って言われるんだよ」アオピルがおずおずと訂正する。
「じゃあなんて言うの?」アカピルが詰め寄る。
「ハッピーホリデー」全然幸せそうじゃないアオピルの声。
「メンドクサイデー!」アカピルは10倍の声でかき消した。
「だーかーらー。なんで12じゃなくて13なの? てこと!」まだ疑問が解決していないキーピルが両腕を振った。
ーーこの部屋が降霊術を意識してるから、降臨祭の歌から降霊祭の歌に作り替えたんじゃない? だから13の忌み日を数字にしたかったんだよ。知らんけど。
「大人のユーモアだね」ピョレットも同意する。
「でも13。数字合わない……」キーピルはどうしても不満顔だ。
ーー12月32日を入れたんじゃない?
「32日?」キーピルは、そんなのあるのかと驚いた顔に変わった。
「ヨハン・シュトラウス2世のオペレッタ、コウモリに出てくる日にちじゃな。ガッハッハ」ワッペンおじさんは豪快に笑った。コウモリのリメイクを宝塚歌劇団でサオリと一緒に観劇したことがある。だから知っているのだ。
「そんな日あるのかー。じゃあ13かー」キーピルは満足した。
 12月32日は1月1日のことだ。結局は12日しかない。でも話はまとまったので、サオリはそれ以上蒸し返さなかった。どうせ元になった12days of Christmasもかなりシュールな歌詞だ。意味なんてどうでもいい。
ーーけど、なんかロマンチ。
 意味より感覚が勝つことがある。サオリはこの呪文が気に入った。
ーーも一度聞きたい。
 だが、ドゥームバギーはもうすぐこのエリアから抜けてしまう。
ーーがっかり。
 ワッペンおじさんが声をかけてくれる。
「沙織。大丈夫だ。ちゃんとワシが暗記しておいたぞ。ガッハッハ」
ーーじゃあ、また聞けるんだ! たーよれるー。
「ああ。ワシが歌ってやる」
 サオリは嬉しくなった。一瞬だけアイゼンがいないことを忘れてしまったほどだった。
「君たちの心が通じたらしい。一族が蘇り、舞踏会の準備を始めたようだ。私も楽しんでくるとするか。君たちとは、また後ほど。オーポッポッポッポ」アナウンスだ。
 正装のオポポニーチェがぼんやりと光り、暗闇の中に浮いている。
 オポポニーチェはドゥームバギーに乗っているボルサリーノ、サオリとギンジロウ、カンショウ、カンレンを見下ろし、次のエリアへと滑るように消えていった。
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