第124話 3回戦(5) Third Round

文字数 1,135文字

 カンレンは一抹の不安を覚えた。
ーー観照はもともと、性暴力犯罪者だ。ラーガ・ラージャ殿に不貞を働かなければいいが。
 カンショウは背が低く、顔の作りも悪く、女にモテなかった。その結果、性犯罪に手を染め、警察から逃げるようにして真言立川流に入門した、という経緯がある。
 真言立川流は、性を肯定する仏教だ。儀式の一つとして性行為がある。ゆえに、性犯罪を抑えきれない人が入門することも多い。カンショウもその一人だ。
 さすがに今は、心が綺麗になったとは思う。思ってはいるが、それでも蛇のように光るその目つきを見ると、信じ切ることはできなかった。
 一方、カンレンは、筋金入りの真言立川流の僧侶である。尊い血筋に生まれ、物心ついた時から綺麗な心で修行に励んできた。それゆえに、儀式がらみでない女性には全く慣れていない。アイゼンに不貞を働かなければいいが、という思いは、自分がアイゼンにたいして煩悩が湧いている、ということに他ならなかった。
「女性差別ですか?」アイゼンは全くわかっていない。まだ信用を持たれていないと思っているのだろう。
ーー彼女は優等生に見える。武道と勉強にいそしんでいたために、男女の関係について考えた事がないのだろう。しかも、拙僧ら仏門に入っている坊主に煩悩なんてない、とでも思っているのだろう。だが、拙僧はその理想に応えよう。そして、観照が何かをする時には、拙僧が身をもって、この女性を守ろう。
「わかった」カンレンは決心した。
「ただし、体をくっつけると、いざという時に動きが悪くなる。お互いが背中を守り合う、というのはどうでしょう?」
「それだと隙間ができます。オポポニーチェが幻術を使い、気配も消せるとしたら、隙間ができれば中に入られてしまいます。多少歩きづらいかもしれないですが、背中をつけて移動した方が危険は少ないと思われます」
「ならば、幻術が起きる瞬間までは背中をつけあいましょう。事の起こりを見落とさねば、その後の対処ができるはず」
「例えば、どのように対処するのですか?」
「壁に背中をつけたり、ラーガ・ラージャ殿の仲間と背中をつけたり。そんな感じです」
 アイゼンは、わかってないなと感じた。
「それでは、壁や仲間が幻覚だった時に、鈴をとられます。大事なことは、幻術にかかる前から背中をあけないでおくことです」
「もういいじゃねーか。彼女の言う通りにしよう」カンショウは舌なめずりをする。舌が細長い。カンレンは観念した。
「わかりました。そうしましょう」
「ありがとうございます」アイゼンは何の躊躇もせず、カンレンとカンショウに寄りかかってきた。柔らかい感触と甘酸っぱい匂い。カンレンは心の中に、小さな羞恥と小さな欲望が渦巻いていることを、それとはなしに感じていた。
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