第89話 2回戦(3) Second Round

文字数 2,773文字

  地面に降り、念のためオブジェの影に隠れ、アイゼンは再び、サオリとギンジロウに話を続けた。
「さて、次の作戦だ。私たちは2回戦、立川流と手を組んで戦う。方法はこうだ。今から気配を消して引き返し、立川流と協力し、ヌドランゲタを挟み撃ちにする」
「えっ? いつの間に手ぇ組んでたの?」シロピルが驚く。
「敵と交渉してたなんて!」ピョレットも同様だ。
「まったく想像できなかった」ミドピルも珍しく、自分の負けを認めている。
 ぞんわ〜。
 この感情は感動だろうか? それとも恐れ? いや、期待? サオリは、頭の片隅にもなかった作戦に不意打ちされ、思わず身震いした。
 アイゼンの話は続く。
「奴らと対戦する前に、知っておいてもらいたいことがある。先程の試合の後、タンザとビンゴが放ったSVの原理を探るため、屋根にのぼって彼らの残した痕跡を調べたの。その結果、分かったことがいくつかあったわ」
ーーだから試合後、すぐに屋根に上がってきたのかー。
 サオリは驚いた。アイゼンは当然のように続ける。
「まず、SVは、軽自動車にはねられるくらいの破壊力があるということ。それから、速度が人間の反射神経を超えている。避けるには、技が出る瞬間を予測して、あらかじめ避けておくしかない」
「人間が出せない速度と力。あれって、どういう原理なんだ?」
 ギンジロウの言うように、大きな体と筋肉を持っているから出せるという技ではない。サオリも気になっていた。
「屋根や地面でSVを使用した跡を精査した。その結果、オーラの残滓を確認できた。おそらく、SVはFだ」
ーーF!
 Fはファンタジー。錬金術師しか使えない道具のことだ。
「奴ら、アルキメストなのか?」ギンジロウの顔が引き締まる。
「そう、なのかな? アルキメストと断定するにに違和感があるんだけど、今の所の材料では、そうとしか考えられない」
「Fって武器だろ? 使用していいのか?」
「分からない。けど、ギンもサムライヤーを耳につけたままでも出場できている。サオリも、クルクルクラウンをつけたまま出場できている。錬金術師は全員Bランク以上だと聞いたことがある。このCランクのザ・ゲームでは、おそらく審判も錬金術についてよくは知らない。身体検査をした時に、問題ないと判断されたんだろうね」
「確かに」ギンジロウは、エメラルド色に光る右耳のピアスを触った。
「問題はそこじゃない。起きていることをおかしいと言ったところで、事態は解決しない。必要なのは対応策。それだけだ」
 サオリとギンジロウは聞き耳を立てた。
「おそらくSVは、連発ができない。体力の問題か、オーラ量の問題か、使用できる回数は限られているように思われる。1回戦が終わった後、タンザとビンゴはそんなに動いていないにも関わらず、肩で息をしていた。そこで、私たちと立川流で彼らを挟み撃ちにして、SVを無駄撃ちさせようと思う。これが今回の作戦だ」
ーー楽しそっ!
 攻撃は軽過ぎて効かないが、避けることなら何とかなる。サオリの頭の中は、色々な動きを創造しだした。これから始める作戦のことを考えると身震いが止まらない。
「ただ一つ、懸念がある」アイゼンは淡々と語る。
「GRCの動きだ。彼らが私たちのさらに背後から攻撃してきた場合、私たちは挟み撃ちにあってしまう。そうなった時には素早く逃げなければ、今度は私たちが全滅の憂き目にあう」
ーー確かに。
「そこで、ヌドランゲタと戦うのは、私とギンにする。沙織は今すぐGRCを追いかけて、私たちの作戦を妨害されないように見張っておいてもらいたい。そして、もし私たちに攻撃しようとする素振りを見せたら、すぐに大声を出して知らせてほしい」
ーーアタピ、危なくない場所に追いやられようとしてる?
 背が低くて可愛いと、すぐに他人に甘やかされてしまう。
「SVと戦いたいよー」キーピルが地団駄を踏む。
「シャーベット!」シロピルが叫ぶ。
「ストロベリー!!」アカピルも同様だ。
 サオリは、ぐずりそうな気持ちになった。
 アイゼンは気づいているようだ。そっとサオリを抱く。
「沙織。この仕事は重要で、かつ、一番素早い沙織にしかできない仕事なの。けして過保護なわけじゃない。戦術による、適材適所の結果なの。私、沙織のことを、誰よりも頼りにしてるんだよ」
 スーパー・ヴェローチェと戦いたい気持ちは、ただのワガママだ。サオリもわかっている。アイゼンの言うことは、作戦だと言われたら理にかなっている。うなづかざるを得ない。
 サオリはアイゼンの香りに抱かれながら、「わかった」と小さく返事をした。
「よし! ギン!!
 アイゼンはサオリから離れ、すぐに早口で指示を再開する。
「いこう! 沙織もすぐにGRCを追って! オポポニーチェは笑いながら進んでいったけど、あの笑いの響き具合からして、ゆっくり歩く程度の速度だった。それに、1回戦の動きからして、アトラクションを楽しもうとしている可能性が高い。ハニーポットは約3分で1周する。ルートの逆から探せば、すぐに彼らを見つけられると思う。あ。1回戦の最後に見せたオポポニーチェの動きの謎はまだ解けてないから、くれぐれも奇襲にだけは気をつけてね」
 サオリはうなづいた。
 間もなく、真言立川流はリリウス・ヌドリーナと接触する。あまり時間がない。
 アイゼンは一度サオリに笑顔を見せ、ギンジロウとともに、今来た道を逆戻りしていった。
「あんま対等に扱われると、それもなんか、さみしー」どうやらまだ甘えたい年頃らしい。2人の後ろ姿を見ながら、サオリは思わず本音がこぼれた。
 が、慌てて首をふる。
ーーいやいや。2人に甘やかされて、なめられるて。それは屈辱だよ。
「そうだよ沙織。この戦いは、沙織が主人公になるための戦いなんだよ」シロピルが促す。
「アイちゃんの思うがままに動いてるんじゃ、何も変わらないよ」ピョレットも辛辣だ。
 サオリも同調した。
ーーそうだ。アタピの世界はアタピしか作れない。アタピが認められるには、アタピが成果を残す以外に方法はない。
 ということは。
「お笑いおじさん追いかけて、ローズ団の鈴、根こそぎ奪いとる!」
 サオリのポシェットの中で、音のない拍手をする者がいる。
「ええ根性やないか」クマオだ。
「なんでずっと喋らなかったの?」サオリはたずねる。
「しゃーないやんか。だってワイ、誰かが見ているところに出てまうと、なんか喋れんくなるんや」
「人見知りー」シロピルが冷やかす。
「人見知りちゃうわ」
 確かにチャタローが遠くから監視と撮影をしている。だが今は、音声は録られていないし、クマオも見えない位置にいる。
ーークマオ、落ち着くなー。
 もう少し話していたかったが、今はそれどころではない。
ーーただ、黄金薔薇十字団を追うという使命に殉じる!
 サオリは集中を高めていった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み