第30話 楽屋口(2) Stage Door
文字数 2,363文字
廊下の奥に人がいる。
男は手を振っていた。柵があって、中には入ってこれないようだ。係員に止められている。
おじさんは中肉中背、黒いダボダボなスーツと、派手な柄の黄色いワイシャツを着ている。
「あっ! 僕たちと話せる人じゃない?」シロピルが指をさす。
ーーえっ!
サオリはじっくりと見た。確かに間違いない。先ほどの泥棒事件で話しかけてきた派手柄おじさんだ。
ーー会いたかった派手柄おじさん? アイちゃんの知り合い?
サオリは、期待に胸を膨らませてアイゼンを見た。
「誰?」アイゼンが目を細める。
ーー知らないの?
「ズコーッ」全ピョーピルがずっこける。
「遠藤双葉さんさ」ギンジロウが自慢げに言う。
ーーえっ! あの!?
サオリの心はコロコロ回る。フタバエンドは有名な詩人で、ヘボい絵を描く人だ。ギンジロウがファンだと言って、よく彼の作った服を着ている。確か前に着ていた服は、狂人ブランドのキリングベアーというシリーズだった。よく見ると、おじさんの派手柄シャツも、クマが包丁を持った絵がたくさん散りばめられている。
「あ!」
サオリの心は、もう一回転回った。
ーー間違いない。
フタバとして紹介されたおじさんは、サオリが最初のクエストでお世話になった浮浪者、ハツメだ。髪型も服装も全く違う。隣にイケオジ西洋人もいない。だが、細く、笑い皺の絶えない目つきは、見間違いようがない。
「やーやー、みなさん。新しい冒険の始まりだよー」
フタバはニコニコしながら係員にお辞儀し、関係者以外立ち入り禁止と書かれている柵を避け、3人の元へと近づいてきた。
「ありがとな、ギンジロくん」フタバはギンジロウの腕をたたく。
「アイゼンくん。素晴らしかったよ」アイゼンと握手を交わす。
「そしてサオリ」
「ハツメ?」
「よく覚えてたね。成長したな」フタバはニコリとして、サオリとも握手を交わした。
「オイラがここに来たのぁ、他でもない。3人に用事があったのさ」
「私たちに、ですか?」
「そ。KOKから、と言ったらわかるかい?」
ーーえっ! KOK!! てことは、謹慎に関すること?
3人は、フタバの言葉に食いついた。
前回のソングナンバーゼロ事件で謹慎を喰らった3人は、現在、賢者の石を取り上げられ、プットーも呼び出せない状態になっている。KOKから許しが出ることを待ち望んでいるのだ。
「ね。ね。僕のこと見えるの?」アカピルが聞く。
フタバは丸メガネの奥でウインクした。ピョーピルは歓喜だ。
「とはいえ、ここじゃ話せないよ、な」耳にインカムをつけ、何かを聞いている。
「こっちか。おいで」
フタバは3人を連れ、奥にある喫煙室に向かおうとした。
「みんな!」
突然やってきた来訪者に固まるピーチーズ。サオリは、簡単な説明だけはしておこうと思った。
「アタピ、仕事できちゃった。ミハエルには連絡しとくから、先帰ってて」
返事は待たない。歩きながらスマートフォンを取り出す。ミハエルに連絡だ。
ミハエルとは、「今後、何をしても止めない。代わりに、必ず事前連絡だけはすること」と約束している。素早くメールを送った。
ーー怪しー。大丈夫かな? でもま、愛染様が一緒だから大丈夫か。
カメはクールに心配した。
ーーなんだ? この俺を無視? 愛染も沙織ちゃんもどこかへ行ってしまうのか? これじゃまるで、俺が雑魚虫みてーじゃねーか。せめて愛染とは、非公式でいいから引退前に再戦を約束したい。カメラの前で握手を交わしたい。それから、沙織ちゃんの連絡先も知りたい。
「ちょっ、待てよ」
ミサオは4人に近寄ろうとした。
「あん?」
ギンジロウが睨む。完全にモード・アルキメスト状態の目つきだ。いくらミサオが剣の達人だからといって、ギンジロウとはくぐり抜けてきた死線が違う。
ーー殺される。
空気が塊となり、ミサオにぶつかってくる。初めて感じる殺気。ミサオは思わず、肩にかけていた竹刀を落としてしまった。
「大丈夫ですか?」取り巻きの一人が竹刀をとってくれる。
「ああ……。ちょっと疲れてるのかな?」
「じゃあ、俺が持ちますよ」
ーー俺がビビったことには、誰も気づいていないようだな。
ミサオは安堵した。こんな衆人の前で痴態を晒すわけにはいかない。とはいえ、もはや追う気力もない。
ーーなんだあいつは。普段愛染は、あんな化け物と練習しているのか。
ミサオは、ロビーを去っていく4人をただ見送った。
ーーしかし……。
落ち着いてみるとイライラしてくる。
ーー俺が侮辱されたのは変わらない。愛染。そして、あいつ。あの2人には、必ず復讐してやる。
「操さん」
「ん?」
可愛い女子高生が下から見上げてくる。ユキチだ。女が恋に狂う時、目の形はハート型に変わる。ユキチがミサオに惚れていることは明らかだ。
ーーこれだ。
ミサオはユキチ経由で、アイゼン、サオリにまで辿り着こうと考えた。
去っていく4人。
主役がいなくなっては敵わない。記者や関係者は、アイゼンの後を追おうとした。と、1人の老人が通路をふさぐ。紺色の作務衣を着て、長い白髪を後ろで束ねている、70代の老翁だ。老人は大音声で名乗りを上げた。
「ワシは藤原律堂! 愛染の祖父である。しばし娘に安らぎの時間をくだされ! 必ず戻って来させよう! そしてその間、質問があればワシが答えよう!!」
記者たちの足は止まった。アイゼンたちは見えなくなる。これ以上追っても仕方がない、という空気がロビーを包む。記者たちは手ぶらで帰るよりはいいと、リツドウにインタビューを開始した。
ーー子供たちの未来を邪魔する大人はいかんよ。
普段は厳格なリツドウ。だが、ここはアイゼンのためだ。記者たちの欲求を満たさなければならない。
リツドウは、自分なりに明るくつとめ、たくさんの質問に答えていく覚悟を持って戦場に臨んだ。
男は手を振っていた。柵があって、中には入ってこれないようだ。係員に止められている。
おじさんは中肉中背、黒いダボダボなスーツと、派手な柄の黄色いワイシャツを着ている。
「あっ! 僕たちと話せる人じゃない?」シロピルが指をさす。
ーーえっ!
サオリはじっくりと見た。確かに間違いない。先ほどの泥棒事件で話しかけてきた派手柄おじさんだ。
ーー会いたかった派手柄おじさん? アイちゃんの知り合い?
サオリは、期待に胸を膨らませてアイゼンを見た。
「誰?」アイゼンが目を細める。
ーー知らないの?
「ズコーッ」全ピョーピルがずっこける。
「遠藤双葉さんさ」ギンジロウが自慢げに言う。
ーーえっ! あの!?
サオリの心はコロコロ回る。フタバエンドは有名な詩人で、ヘボい絵を描く人だ。ギンジロウがファンだと言って、よく彼の作った服を着ている。確か前に着ていた服は、狂人ブランドのキリングベアーというシリーズだった。よく見ると、おじさんの派手柄シャツも、クマが包丁を持った絵がたくさん散りばめられている。
「あ!」
サオリの心は、もう一回転回った。
ーー間違いない。
フタバとして紹介されたおじさんは、サオリが最初のクエストでお世話になった浮浪者、ハツメだ。髪型も服装も全く違う。隣にイケオジ西洋人もいない。だが、細く、笑い皺の絶えない目つきは、見間違いようがない。
「やーやー、みなさん。新しい冒険の始まりだよー」
フタバはニコニコしながら係員にお辞儀し、関係者以外立ち入り禁止と書かれている柵を避け、3人の元へと近づいてきた。
「ありがとな、ギンジロくん」フタバはギンジロウの腕をたたく。
「アイゼンくん。素晴らしかったよ」アイゼンと握手を交わす。
「そしてサオリ」
「ハツメ?」
「よく覚えてたね。成長したな」フタバはニコリとして、サオリとも握手を交わした。
「オイラがここに来たのぁ、他でもない。3人に用事があったのさ」
「私たちに、ですか?」
「そ。KOKから、と言ったらわかるかい?」
ーーえっ! KOK!! てことは、謹慎に関すること?
3人は、フタバの言葉に食いついた。
前回のソングナンバーゼロ事件で謹慎を喰らった3人は、現在、賢者の石を取り上げられ、プットーも呼び出せない状態になっている。KOKから許しが出ることを待ち望んでいるのだ。
「ね。ね。僕のこと見えるの?」アカピルが聞く。
フタバは丸メガネの奥でウインクした。ピョーピルは歓喜だ。
「とはいえ、ここじゃ話せないよ、な」耳にインカムをつけ、何かを聞いている。
「こっちか。おいで」
フタバは3人を連れ、奥にある喫煙室に向かおうとした。
「みんな!」
突然やってきた来訪者に固まるピーチーズ。サオリは、簡単な説明だけはしておこうと思った。
「アタピ、仕事できちゃった。ミハエルには連絡しとくから、先帰ってて」
返事は待たない。歩きながらスマートフォンを取り出す。ミハエルに連絡だ。
ミハエルとは、「今後、何をしても止めない。代わりに、必ず事前連絡だけはすること」と約束している。素早くメールを送った。
ーー怪しー。大丈夫かな? でもま、愛染様が一緒だから大丈夫か。
カメはクールに心配した。
ーーなんだ? この俺を無視? 愛染も沙織ちゃんもどこかへ行ってしまうのか? これじゃまるで、俺が雑魚虫みてーじゃねーか。せめて愛染とは、非公式でいいから引退前に再戦を約束したい。カメラの前で握手を交わしたい。それから、沙織ちゃんの連絡先も知りたい。
「ちょっ、待てよ」
ミサオは4人に近寄ろうとした。
「あん?」
ギンジロウが睨む。完全にモード・アルキメスト状態の目つきだ。いくらミサオが剣の達人だからといって、ギンジロウとはくぐり抜けてきた死線が違う。
ーー殺される。
空気が塊となり、ミサオにぶつかってくる。初めて感じる殺気。ミサオは思わず、肩にかけていた竹刀を落としてしまった。
「大丈夫ですか?」取り巻きの一人が竹刀をとってくれる。
「ああ……。ちょっと疲れてるのかな?」
「じゃあ、俺が持ちますよ」
ーー俺がビビったことには、誰も気づいていないようだな。
ミサオは安堵した。こんな衆人の前で痴態を晒すわけにはいかない。とはいえ、もはや追う気力もない。
ーーなんだあいつは。普段愛染は、あんな化け物と練習しているのか。
ミサオは、ロビーを去っていく4人をただ見送った。
ーーしかし……。
落ち着いてみるとイライラしてくる。
ーー俺が侮辱されたのは変わらない。愛染。そして、あいつ。あの2人には、必ず復讐してやる。
「操さん」
「ん?」
可愛い女子高生が下から見上げてくる。ユキチだ。女が恋に狂う時、目の形はハート型に変わる。ユキチがミサオに惚れていることは明らかだ。
ーーこれだ。
ミサオはユキチ経由で、アイゼン、サオリにまで辿り着こうと考えた。
去っていく4人。
主役がいなくなっては敵わない。記者や関係者は、アイゼンの後を追おうとした。と、1人の老人が通路をふさぐ。紺色の作務衣を着て、長い白髪を後ろで束ねている、70代の老翁だ。老人は大音声で名乗りを上げた。
「ワシは藤原律堂! 愛染の祖父である。しばし娘に安らぎの時間をくだされ! 必ず戻って来させよう! そしてその間、質問があればワシが答えよう!!」
記者たちの足は止まった。アイゼンたちは見えなくなる。これ以上追っても仕方がない、という空気がロビーを包む。記者たちは手ぶらで帰るよりはいいと、リツドウにインタビューを開始した。
ーー子供たちの未来を邪魔する大人はいかんよ。
普段は厳格なリツドウ。だが、ここはアイゼンのためだ。記者たちの欲求を満たさなければならない。
リツドウは、自分なりに明るくつとめ、たくさんの質問に答えていく覚悟を持って戦場に臨んだ。