第186話 4回戦(29) Final Round

文字数 1,599文字

 タンザとビンゴが戦場から去った。金髪の細いイタリア人は、地べたで腰を抜かして無様に震えている。水に浸かっていた服もさぞかし冷たかろう。
 日本の侍騎士も脳震盪がおさまった。確かめるように交互に足を出し、ボルサリーノの元までゆっくりと近づいていく。
 一歩。
 一歩。
 イタリア人の顔つきが変わっていく。
「し、死ぬ! 嫌だ! こ、殺されるでヤンス!」
 ボルサリーノは日本語とイタリア語が入り混じった言葉で、臓腑から絞り出すようにギンジロウに叫ぶ。
ーーコ、コロンビアンネクタイ……。
 睨みながら退場していったタンザとビンゴの目が頭から離れない。足も歯茎もガクガクと震える。
「大丈夫。殺さないよ。あのタンザに勝てた。それだけで満足だ。君ももう、俺たちには勝てないって分かってるだろ? 鈴をくれたらそれで終わり。一切の攻撃はしない」
 ギンジロウは優しい口調で諭しながら、尻餅をついて後ずさるボルサリーノに近づいていく。捨て犬に餌をやる時くらいの警戒心は持っているが、問題ないだろう。腰が抜けたボルサリーノは立つことすらままならない。
ーーそっか。ギンさん知らないんだ。ボルさん負けたら、コロンビアンネクタイされちゃうてこと。
 コロンビアンネクタイについては、先ほどアイゼンからどういう意味かを聞いていた。首を切り裂き、そこから舌を出させるコロンビンアマフィアの罰ゲームだ。
 ギンジロウとサオリ対ボルサリーノ。圧倒的な戦力差ゆえに、サオリの心には余裕ができた。色々な出来事を思い出す。
 日本武道館でぶつかった時のボルさん。
 ゴミ箱に隠れていたボルさん。
 なんだかんだで優しいボルさん……。
 頭の中にボルサリーノとの思い出が蘇る。その後で、喉を切り裂かれ、そこから舌が出ているボルサリーノの姿も思い浮かべる。想像力の高いサオリは、余りにもリアルに想像できてしまい、思わず身震いをした。
ーー麻薬の密売をしてるけど、この人、根はいい人なんだよなぁ。
「ボルさん、いい人ー」キーピルが手を挙げる。
「でも……、負けると……、お坊さんたち……、悲しむぞい……」ミドピルがふにゃふにゃと言う。
「悲しむ悲しむー」アカピルはよくわかっていない。元気いっぱいだ。
「勝たないとKOKに入れないし、錬金術師に戻るのもまた先になっちゃう。辛いところだなー」シロピルが唸る。
ーー負けたら、アタピを信用してるアイちゃんやお坊さんは失望する。モフモフさんにも会えない。パパの夢を追いかけるチャンスも……。
「サオリはルールに則って戦ってるだけだよ」ピョレットは心苦しそうに呟く。
ーーでも……、アタピの判断ひとつでボルさん死んじゃう……。
 そう思われると話は終わりだ。ピョーピルたちは一斉にシーンとなった。
 サオリはボルサリーノを見た。やってくる死神の鎌。怯えることに夢中だ。ボルサリーノの首元につけられている鈴に、ギンジロウの竹刀がゆっくりと迫る。
 全ての選択には長所と短所がある。どちらを選んでも間違いでも正しいでもない。ただ、決断はひとつしかできない。そして時間は止まってくれない。それだけは確かだ。
ーーどうしよ……。
 クマオがサオリの腰をたたく。優しい顔だ。
ーーうん。
 サオリはとりあえず、ギンジロウの後ろからボルサリーノに近づいていった。
 ボルサリーノはギンジロウに怯えて震えている。橋の欄干から落ちて逃げようとしているが、足が滑って動けない。
「いや。いやでヤンス……」両手を上げ、ギンジロウに向かって命を懇願する。
ーーボルさん……。
 ボルサリーノはサオリと目が合った。動きが止まる。
ーーエスゼロちゃん……。
 何かに気づいたボルサリーノは、目が覚めたような顔で驚き、急いで自らの鈴を引きちぎった。
「試合終了! 試合終了だ!」ジョニー・デップが叫ぶ。
 観客は全員、呆気にとられた。ザ・ゲームは、ボルサリーノの突然の自決という結末で幕を下ろした。
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