第192話 謝罪(2) Apology

文字数 1,221文字

 サオリの後ろからボルサリーノがやってきた。一旦はタンザたちの元に戻ったのだが、手荒い祝福にも歓喜はなく、ただサオリのことが気になっていたのだ。
 腰は戻り、すでに歩けるようにはなっている。だが、足の震えはまだおさまっていない。神妙な面持ちで近づいてきたボルサリーノは、サオリと目が合った途端、崩壊した。泣きながらサオリに抱きついた。
「お嬢ちゃん! ありがとう! お陰で殺されないですんだでヤンス!」
 大号泣。先ほど水に落ちたので、服もまだ濡れている。
ーーよかった。でもナマヌル。ちょっと。鼻水ついてる。離れて。アタピ、おぼーさんとアイちゃんに謝んなきゃだから。
 サオリの頭の中は忙しい。ボルサリーノをどかそうという考えを持つ余裕はない。微動だにせず、眉をハの字にしかめながら、じっと坊主たちを見つめる美少女。委細構わず、涙と鼻水をまき散らしながら、小柄な少女にすがりついて泣くイタリアの痩せ男。奇妙な2人組だ。
 カンレンたちは2人を見ながら、何を考えたらいいのか分からなかった。ボルサリーノはサオリに抱きつくのをやめ、半分倒れるようにしてカンレンの足にしがみつき、しゃっくりをあげながら、つっかえつっかえ話を始めた。
「こ、この子は、ヒック、アッシが、タンザさんに、試合に負けたら殺されるって、聞いて、ヒック、わざと負けてくれたんでヤンスよぉっっっ!」
「殺される?」
「あ、アッシのせいで、今回の諍いが、生まれたでヤンス。なんで、負けたら、アッシは、殺されてたんでヤンスーーッッ!!
ーー負けたら殺される? 諍いの原因?
 タンザとビンゴが遠くから睨んでいる。
ーーなるほど。オメルタか。
 カンレンはなんとなく察しがついた。ボルサリーノが麻薬の取引を失敗したせいで、真言立川流との戦争が起こった。もしボルサリーノが自身でその責任を取らなければ、処罰される。つまり、『負けたら殺される』というマフィアの掟でもあったのだろう。
ーーそれを知って、エスゼロはボルサリーノを倒せなかった、という訳か?
 カンレンは、改めてサオリを見た。微動だにしない。じっとこちらを見つめ、目からは涙だけが溢れてくる。ただでさえ大きな黒目が、更に大きく揺らいでいる。まるでチワワだ。
ーーこんな子犬のように愛らしくてか細い子が……。
 カンレンは胸に感じるところがあった。
ーー拙僧らは、御本尊や快楽香の材料の値段のことだけを考えていた。相手を本気で憎み、傷つけても構わぬと思っていた。そんな時にこの少女は、小さな肩を震わせながら、拙僧らの約束と彼の命を天秤にかけ、どうしようかと悩み続けていたのだな……。
 いくら真言立川流の至宝を取り戻したかったとはいえ、これでは大人として恥ずかしい。
ーー拙僧らは、そもそも仏教徒。本当の宝とは美しき心だ。貴人の髑髏などではなかった。少なくとも、女性を泣かせることが正しいことであるはずがない。
 ザッ。
 その時、カンレンの前に大きな壁があらわれた。
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