第39話 ヒナ(1) Hina

文字数 2,127文字

 ザ・ゲームの本部は、ハワイイ島の東、ワイルクリバー州立公園内にある。
 この公園は、観光地として知られている。特に、ワイアヌエヌエという虹の滝が有名だ。みっしりと生い茂った緑あふれる公園の中、落差24メートルから雪崩れ落ちる30メートルの深さの滝壺は神々しく、幻想的である。
 昼間は観光客で賑わうこの地だが、ほとんどの人は、ある事実を知らない。滝の裏側は通れるように掘られているが、さらに奥に、巨大なカジノが存在するという事実を。
 特別な日には秘密の通路が開放され、奥にある秘密のカジノが営業を開始する。セレブが多くこの地に訪れるのはそのためだ。
 ワイアヌエヌエ・カジノ。
 セレブたちからは、世界一刺激的な賭け事が楽しめると評判が高い。

 ザ・ゲームは約30年前、まだ中学生だったフタバの立案によって、フリーメイソンリーが作ったシステムだ。権威を持たせるために、土地の伝説にある月の女神、ヒナの子孫をシンボルとした。以降、代々血縁者が後を継いでいる。土地の伝説は長く続いているので、現在は14代目のヒナが、そのシンボルとなっている。
 ヒナ自身が大会を主催することはない。8月に日本でおこなわれるザ・ゲームも、ヒナが考えたわけではない。
 委員会が全てを考え、ヒナの元に開催の許可をもらいに来る。ヒナは説明を聞き、ただ許可印を押す。当日は目立つところに座り、たまに客に向かって笑顔で手を振る。これだけが、シンボルとしてのヒナのお仕事だ。

「ここからは」
ーーわかってますっ!
 ハワイ大学のTシャツと、ハーフパンツという出立ちの若い女性が、隣の男に、携帯電話を手荒く渡した。髪は健康的な黒色。目は切長で涼しげだ。鼻が丸く、浅黒い。ネイティブ・ハワイアンの血を色濃く受け継いでいる。身長は普通。少しふくよかで、愛嬌がある。
 彼女は豪華な部屋に入れられると鍵を閉め、置いてあった衣装に着替え始めた。
 14代目ヒナである。
 ヒナは、再来週に開催されるザ・ゲーム日本大会の許可印を押すために、ここ、ワイアヌエヌエ・カジノに足を運んでいた。豪華な家具が並んだ権威ある部屋で、立ちながら本を読んで、仕事の始まりを待つ。通信機器や記録媒体の持ち込みができないので、ただ本でも読んでボンヤリと待つしかない。ヒナは、自分が読書好きでよかったと思った。

 コンコン。
ーーやっときた。
「失礼します」
 扉がノックされ、1人の男が入ってきた。スーツを着た太身の男性。名をクーという。戦いの神から取った名前だ。
 ザ・ゲーム委員会の委員長は、みなクーと呼ばれる。ヒナと同じく、権威づけのためだ。ネイティブ・ハワイアンらしく、背はそこまで高くない。褐色の肌で、岩のようにたくましい体だ。スーツがピチピチと悲鳴をあげている。
ーーいいなー、スーツ。
 ヒナはシンボルだ。ワイアヌエヌエにいる間は、シンプルなドレスと花冠を身に纒わなければならない。とはいえ実際は、ハワイ大学ヒロ校に通う普通の21歳。こういう民族衣装を身に纏うことが恥ずかしい年頃でもある。
「お座りください、ヒナ様。次回のザ・ゲーム日本大会。いよいよ出場者が決まりました。次の4組です」
 ヒナは、王様のような椅子に荒く腰掛け、クーから手渡されたタブレット端末に目を通した。オリエンタルな寺院の写真が貼ってある。
 クーは、すぐに説明を始めた。早く終わらせないとヒナの機嫌が悪くなることは、クーになる前からずっと見てきたので知っている。
「まず、1組目は真言立川流です。ドクロを本尊とする宗教で、1000年近い歴史があります。立川流では、身分の高い人のドクロほどご利益があるという教えがあります。今回の賞品である護良親王のドクロも、髑髏本尊として飾られておりました。ところが、10年前に盗まれて行方不明。今回、運良く見つかったので、優先的にエントリーされた、という経緯です。彼らにとってみれば、喉から手が出るほど欲しい一品でしょう」
ーードクロ? うわっ、気持ち悪い。
 ヒナは、早く次のページがめくられてくれと願った。
 ヒナの顔色を伺いながら、クーは遠隔操作でヒナのページをめくった。続いては、3人の男が並んでいる写真だ。
「メンバーは右から、文武両道で知られる、次世代宗主候補筆頭の観蓮。C++。2メートル近い身長を有する寂乗。C+。千手観音といわれるほどの高速連撃を武器とする観照。C。以上の3人でございます」
「うんうん」
ーー真言立川流という組織についての情報と、3人の法衣を着た丸坊主の写真、ね。
 ヒナはやる気なげにうなづいた。
 3ヶ月に1回、こういう写真を見せられてはハンコを押す。割りの良い稼ぎになるのでやっているが、ヒナは正直、出場選手がかっこいいかどうかくらいにしか興味がなかった。
ーー東洋人の坊主3人か……。観蓮は顔立ちが整っているのかもしれないけど、興味のある顔ではないわね。寂乗は大きすぎるし、観照は気持ち悪い。なによりハゲた男なんてそもそも嫌いだわ。毛先を遊ばせてるくらいのアイドルみたいな人じゃなきゃ男って言わないで欲しいくらいよ。
 女子大生の思いなど露知らず、機嫌を損ねないようにページをめくり、野太い声でクーは説明を続けた。
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