第125話 3回戦(6) Third Round

文字数 2,668文字

 サオリたちは、八角形の部屋に入った。
 部屋のど真ん中でタンザが止まる。彫像のように微動だにしない。隙がない。空気がびりついている。タンザの足下にはボルサリーノ。こちらは身を屈めて震えている。体全体で鈴を守っているのだろう。
ーーボルさん。
「沙織ー。ボルサリーノの上で同じ恰好したい」アカピルが、サオリの袖を引っ張る。
「その上に乗りたい」シロピルもうなづく。
「かがみもちー」キーピルもやりたそうだ。きっと楽しいだろう。
ーーうーん。でもなー。ボルさん好きだけど、大足マヒアが怖いんだよねー。
 サオリも喉を触って鈴を守っていた。
 天井から、甲高いオポポニーチェのアナウンスが流れる。
「まずは私の一族を見るがいい。この魅力的な姿を」
 サオリは、壁にかかっている四枚の肖像画を見回した。
1枚目はシルクハットをかぶった紳士。2枚目は禿げた蝶ネクタイの執事。3枚目はバラを持った紳士。4枚目は日傘をさしている貴婦人。
「変態おじさんが、一族見ろってー」キーピルが、高速キョロキョロを披露する。
「あれ? なんか、肖像画が伸びてるような感じがしない?」シロピルは腕を伸ばして、肖像画の大きさを測ろうとした。他のピョーピルも肖像画に興味津々だ。確かに肖像画が伸びてきている。
「この不思議な気配を諸君は感じたであろうか。部屋が延びているのか、それとも諸君の目の錯覚なのか。よーく見るがいい」部屋にガイドの声が響く。サオリは絵に夢中。部屋の入口に突っ立ったままだ。
「もっと、私の方へ詰めてきてくださーい」メイドが前に来るようにうながす。
「この部屋には、窓も扉も全くない。オッポッポッポッポッポッ」ガイドの声。
「沙織っ。前行かなっ」クマオがサオリの裾を引っ張る。
「うんっ!」先ほど絵を触ろうとしてメイドに怒られたばかりだ。言うことを聞かないとまた怒られる。
ーー前に行かなっ!
 サオリは、急発進でメイドに向かって走った。べっとりと。張り付くほどに。
 指示に従ったとはいえ、急すぎる。メイドは驚いて、避けようとした。
 何かがサオリの顔に触れる。
ーーわっ。敵襲?
 サオリは手で払い除け、慌てて一歩飛びすさった。
「慌ててももう遅い。果たして諸君は、この部屋から出ることができるかな? オッポッポ、オーッポッポッポ。私ならこうやって出るがな!」
 部屋の中は完全に真っ暗になる。
 天井に雷が落ちる。
 薄明かり。
 天井から、人が逆さ吊りにされている。
 細い西洋人の男性。ボルサリーノだ。
ーーあっ! ボルさんが!!
「4時15分42秒。ネズミチーム。黄金薔薇十字団。シザー。アウトー!」
ーーあれ? ボルさんじゃないの?
 場内には、思いがけないアナウンスが響き渡った。
 サオリの目の前にいたメイドがいない。
 自分の右手には、細長い紐が握られている。
ーーえっ? 尻尾持ってる。
 サオリは尻尾を握ったまま、タンザの足下で震えるボルサリーノを眺めていた。天井に吊るされていたボルサリーノの死体は、いつの間にか消えている。
「これは失礼。脅かすつもりはなかったのだが。まだ、これはほんの序の口。本物の恐怖はこれからこれから。さあ、案内するとしよう。みんな、一緒についてくるがいい」
 四方の肖像画は、全て最初の倍以上の長さにまで伸びている。「日傘をさしている貴婦人」の肖像画は、「貴婦人がワニの上で綱渡りをしている」絵に変わっている。他の絵の主人公たちも、それぞれが死の憂き目にあっていた。
 貴婦人の絵の下の壁がゆっくりと開く。
 奥には薄暗く、長い通路があらわれた。
「それではみなさん、こちらへお越し下さい」新たなメイドが通路からあらわれた。一行の案内をしてくれるようだ。
 アイゼンは、サオリの一連の動きを見ていた。
ーー沙織がシザーの尻尾を取った。ということは、シザーがメイドに化けていたのか?
 そう考えると、ビンゴが鈴を奪られた理由も納得出来る。
 あの時、ビンゴのそばにはメイドがいた。図像記憶で覚えている。彼女も、シザーかフォーが化けていたのだろう。
 オポポニーチェの幻術は高度なもので、おそらく、身長も性別も顔も変えてみせる事が出来ると仮定できそうだ。
ーーという事は?
 アイゼンは、道案内をしているメイドを疑った。
ーーもしかして、フォーが化けてる?
 二匹目のドジョウはいないというが、可能性がない訳ではない。
 アイゼンは、カンレンとカンショウから離れ、素早くメイドに近寄った。丸く整ったメイドのお尻に手を伸ばす。
「キャッ」メイドはアイゼンにお尻を触られ、軽く声を上げた。メイドのお尻は柔らかかっただけだ。尻尾はない。
「ごめんよ」アイゼンは、メイドのアゴを少し持ち上げ、美少年のような目つきで謝った。メイドの心は、その一撃で陥落した。
 ボルサリーノは、天井にぶら下がった自分の死体を、見てすらいなかった。
ーーこ、怖かったでヤンスぅ。
 震えたまま、タンザの足にしがみついている。
 タンザは、何もついていないかのような顔だ。ボルサリーノを足にしがみつかせたまま、通路に向かって歩いていった。サオリもギンジロウと共に、タンザたちの少し後ろをついていく。そしてアイゼン、カンレン、カンショウ。

 その後ろには、オポポニーチェとフォーが歩いていた。
 だが、誰も気付いていない。
 オポポニーチェのファンタジー、エリクシール・ポワゾンの効果だ。半径10メートル以内の任意の対象者に、使用者の創造する世界を感じさせることができる。視界だけを変えることは比較的簡単だが、オポポニーチェレベルの術者になると、オーラや気配をも変えることができる。
ーーオポポポポー。ボルサリーノの鈴をここで取る予定でしたのに、まさか、あれほどまでに臆病だとは思いませんでした。しかも、シザーがエスゼロちゃんに尻尾を取られてしまうだなんて。これは計画が狂ってしまいましたねぇ。さすがはカトゥーの血を受け継ぐ者。狂った一族の最新バージョン、とでもいったところでしょうか。まあ、いいでしょう。ボルサリーノの鈴を取る事なんて、犬に餌をやるくらい簡単な事ですからね。
 だが、思いとは裏腹に、その顔に笑みはない。知らず歯噛みをしている。
 オポポニーチェは芸術家だ。完璧に対するこだわりは人一倍ある。
 今だって、やる気なら、この場で全ての相手の鈴を奪うことも容易い。
 だが、しない。
 美しくないからだ。
ーー次こそは、美しく仕留めましょう。
 全員が部屋から出たことを確認すると、オポポニーチェは、すぐに次のエリアに張るトラップについての創造を始めた。
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