第155話 VIPルームB(1) VIP Room B

文字数 1,694文字

「0点……」
ーー危惧していたことが現実化した。
 ラブリオラは絶句した。
「オポポニーチェのFに翻弄され、被験体TとBの長所が全く活かされませんでしたね。強い敵と対戦することは大いに奨励するところですが、接触不可能な相手となるとデータも取れません」ファイルを片手にアントワネットが淡々と語る。
「メールドゥ」持っていたメモを丸めて床に叩きつけるアルフレッド・デュポン。
 マルコ・リリウスはタンザとビンゴを庇いたかったが何も言えなかった。結果を出せなかったからだ。死人に口なし。それが厳然たる裏社会の掟だ。
 部屋の中は重苦しい雰囲気に包まれていた。アルフレッドが歯噛みしながらじっとうつむいている。他の者は迂闊に話もできない。酒も飲めず、トイレにも行けない。ラウンジガールが食器を片付ける音だけがやけに響く。
 しかし、静かな部屋とは裏腹に各人の脳内は激しく動いていた。会話ではない。考えていることにはそれぞれ全く違う。VIPルームBのグループは、色々な組織の混成チームだ。ゆえに互いの利益や目標が異なる。人が考えることはポジションによって支配されることが多い。イタリア大東社の幹部というポジションを持つラブリオラはこんなことを考えていた。
 ラブリオラは裏でバチカン市国と密約を結んでいた。リリウス・ヌドリーナが護良親王のドクロを手に入れたら売却する、という密約だ。
 イタリア大東社は、イタリア最大のフリーメイソンリー系秘密結社である。政治家や聖職者から警察やマフィアまで、様々な権力者が入会している。もちろんマルコ率いるリリウス・ヌドリーナやローマ法王擁するバチカン市国も、秘密裏ではあるがイタリア大東社と密接に関わりあっている。
 本来、フリーメイソンリーは権力と密接に絡み合ってはならない。だが、イタリア大東社は積極的に権力と手を結び、自分たちの権益を広げようと画策している。その旗手に立っているのがラブリオラだ。
 バチカン市国は護良親王のドクロを欲しがっている。リリウス・ヌドリーナはバチカン市国と接点を持ちたい。ラブリオラは間を取り持って金と権力を得たい。
 リリウス・ヌドリーナはイタリアの裏社会でも有名な武闘派ヌドランゲタだ。デュポン家の後ろ盾もある。戦闘力、政治力ともに、少なく見積もってもBランク上位の実力には達している。ライバルと見られていた真言立川流も小さな宗教団体だ。Cランク戦で負けることなどあり得ない。そんな判断からラブリオラは、すでにバチカン市国から確約金として200万ユーロを受け取ってしまっていた。
ーーもしも負けたら返金だけでは済まない。信用も失ってしまう……。
 ラブリオラは冷や汗が止まらなかった。
 隣にはマルコがいる。ラブリオラと同じように顔面蒼白だが、こちらは元々の肌が白い。表情も崩さないので蝋人形のようだが、頭の中では考えごとをしていた。
 ラブリオラと交わした密約は金銭目的ではない。イタリア最大のヌドランゲタになるという夢のために、イタリア最大権力のバチカン市国とイタリア大東社に太いパイプを繋げたい。今回の密約はその絶好の好機だった。
 だが、今回負ければドクロは手に入らない。計画は白紙撤回される。次の好機が巡ってくるかは分からない。弱小ジムのボクサーがタイトルマッチに挑戦しているような心持ちだ。
ーー勝敗は兵家の常。やるべきことはやっている。
 マルコは全く動じていない。それよりも興味を持ち始めたことがある。
ーー私はタンザとビンゴが世界最強だと思っていた。だが、彼らが翻弄されていることが驚きだ。それほどのものなのか? ファンタジーというのは。
 マルコの目標はこのゲームに勝つことではない、あくまで権力の拡大だ。ファンタジーを自由に扱えるようになれば、さまざまな権力闘争に勝利することができる。
ーー今までは錬金術師という名の詐欺師のインチキ手品に過ぎないと思っていたが、これほどの幻術が使えるのなら利用価値は高い。威嚇にも暗殺にも拷問にも取引にも、何にでも使用できる。
 マルコはザ・ゲームが終わって帰国したら、すぐに錬金術について調べてみようと思った。
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