第43話 契約(1) Contract

文字数 2,429文字

 数日後、サオリは再びフタバに招集された。アイゼンとギンジロウも一緒だ。場所は東京メソニックセンター。フリーメイソンリー日本グランドロッジである。
 走っていくので、今日の格好は、動きやすさを重視している。ダボダボ白猫パーカーに星模様のカーゴパンツ、それにクッションが入ったピンクのスニーカーだ。
 クマオは、自分からリュックに潜り込んでいた。剣道大会の時は自分だけお留守番をしていて、テレビでしかアイゼンの勇姿を見られなかったことが気に食わなかったのだ。とはいえ、武道館には観客もピーチーズもいたので、おそらく行ってもリュックの中でモジモジすることしかできなかっただろうが。
「よっしゃ行くでー」
 サオリたちは勢いよく家を飛び出した。
 2ヶ月前までは毎日通っていた道のり。久しぶりだ。
ーー早くリアルカディアに戻りたいなー。
 師匠のモフフローゼン、クエスト屋のランぜ、お洒落なイラクサ……、いつもいじめようとしてくる姉弟子のミドリでさえ早く会いたい。
 けれども、今回は目的が違う。ザ・ゲームに出場が決まったので、その説明を聞くために向かっている。フリーメイソンリーが秘密裏に興行している賭博なので、フリーメイソンリーの建物の中だけでしか、細かい話ができないのだ。

 建物の前に到着する。既にサオリ以外の3人は全員揃っていた。アイゼンのロングワンピースは可愛い。素材を活かした高級料理という感じがする。ギンジロウは豚の鼻にオインクポイントと描かれたTシャツを着ている。相変わらずダサいが、これもきっとフタバの狂人ブランド製品なのだろう。当の本人のフタバは、こちらは新作なのだろうか。襟付きシャツに、ワンポイントでシロピルが刺繍されている。
「シロピルがいる!」他のピョーピルとは違い、本小人は嬉しそうだ。
「来た来た。行くぜ白猫!」フタバは今日もご機嫌だ。
「はーい」サオリも勢いよく手をあげて、小さな声で返事をした。

ーーごめーんくださーい。
 扉の鍵を開けてもらい、いつものロビーに入る。
 壁に描かれた高名なメイソンの名前。ダイバーダウンできる荘厳なステンドグラス。2ヶ月前と全く変わってない。
 サオリは、六芒星に手を当ててみた。ギンジロウとアイゼンが優しい目で見る。
ーー懐かしい。
 もちろん、今は謹慎中。ダイバーダウンはできない。
「こっちだよ」
 フタバに呼ばれ、サオリはちょこまかと後を追いかけた。

ーーモーゼさんもいない。
 サオリは忙しなく辺りを見回す。これだけ来ているのに、ロビーから先には入ったことがないからだ。
 4人と1匹は見学コースを通って地下まで降り、フタバに案内されるがまま、小さな部屋へと入っていった。
 部屋の壁にはポスターや資料やタペストリーが貼られており、窓がない。中央には西洋風の茶色い角机があり、8人分の椅子が囲んでいる。一番奥の椅子には、浅黒い肌の中年男性が座っていた。
ーー沖縄の人?
 厳しく、古臭い儀式用の青い制服を纏い、スカートをはいている。年齢は40代だろうか。男はサオリたちに気がつくと、立ち上がって挨拶した。握手が独特だ。中指を折り畳んでいる。身長はフタバと同じ程度だが、体重と頭の大きさは2倍以上ある。全員と握手を終えると、男は自己紹介をした。 
「ウルという。ザ・ゲーム委員会から来た、歴としたフリーメイソンだ」クセはあるが流暢な英語。沖縄人ではなかった。サモア人かネイティブ・ハワイアンか、とにかく南方の島の出身者だろう。
ーーそれはどうもどうも。
 サオリは頭を下げた。
「今日は、君たちの出場が決定したので、ルールの確認と出場選手の紹介、それから契約と、煽りVTRを撮るために来た」
「遠いところからお疲れ様です。楽しみに待っていました」
 アイゼンが親しげに、こちらも流暢な英語で返す。つい先日までアメリカにいた成果が如実にあらわれている。
「それじゃあみんな、席につこうか」
 サオリたちは椅子に座り、ウルの話を聞く体勢を整えた。ウルは4人に紙を渡した。
「さて、みなさん。ご出場おめでとう。まずは契約書にサインをお願いしよう。そう。そこだ」
 目の前に渡された契約書は英語で書かれているが、この程度なら全員が読める。サオリもわからないところを2、3、フタバに教えてもらったら、後は全て理解できた。だいたい、フタバが前に言っていた内容と同じだ。
ーーわー。殺したら反則負けになるが、死んでも責任は取れない、だって。
「こわー」アオピルが青ざめる。
ーーこれにサインしたら、もう檻の中に入れられるようなものなのね。
 周りを見ると、アイゼンもギンジロウも怯えていない。実は、サオリも自信があった。恐怖よりも楽しみが勝る。みんなも同じ気持ちなのだろう。サオリは、スラスラとサインを書き終えた。
 撮影の準備を終えたウルが、みんなの契約書を確認してうなづく。カメラに写してカバンにしまうと、咳払いを一つする。
「さて、これで今回のザ・ゲームの内容が口外されることはない。早速、細かい説明をしていこう。まずは、今回君たちに闘ってもらう競技からだな。競技名は、キャッチ・ザ・マウス。追いかけっこだ。」
ーー追いかけっこ?
「わー、サオリ、得意っこ!」
ーーしー、黙てっこ!
 サオリはアカピルの言葉を遮って、ウルの詳細な説明を黙って聞くことにした。
「追いかけっこといっても、もちろんただの追いかけっこではない。30年前からある伝統的なゲームだ。試合は全部で4試合。1試合ごとに、1チームがネズミの役、残りの3チームがネコの役になり、それぞれが身につけた鈴と尻尾を奪い合う。鈴は3点、尻尾は5点と計算され、4試合を通しての総合点を競うゲームだ。ネコかネズミが全滅するか、1時間経つと、試合は終了する」
「ネズミが尻尾で、猫が鈴ですか?」
「そうだ」
「なぜ、鈴と尻尾で得点が違うんですか?」
 そういうだろうという顔をして、ウルはカバンから、ネコの鈴とネズミの尻尾の模型を取り出した。
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