第166話 4回戦(9) Final Round

文字数 1,356文字

 この状況を遠くから眺めているものがいた。ボルサリーノとビンゴだ。2人は海賊船に登った後、エリアの端を通って第7エリア、襲撃された街の入口に身を潜めていた。
「なるほど」しゃがんでいるので窮屈なビンゴが鼻声で呟く。アイゼンの言が正しかった。オポポニーチェの幻覚には範囲がある。自分たちには効果がない。匂いも怪しいと思って鼻栓をしていたが、バラの匂いがしても幻覚は見えていない。
ーー杞憂か。
 ビンゴは自分の鼻栓を取ろうかと思ったが、万が一のことを考えてそのままにしておいた。タンザとアイゼンのバトーにはオポポニーチェが乗り込んできている。無防備に座っているが誰も気づかない。要塞の上ではサオリが暴れている。アイゼンやタンザの視線の方向から、要塞が攻められている幻覚にかかっていることが分かる。
 実際のオポポニーチェはほとんど動いていない。バトーの端に腰掛け、サオリの暴れる様子を見ながら、たまにタンザとアイゼンの手が届かないところへと移動する程度だ。2人に隙ができた時に奪おうとしているのだろうが、今は幻覚を操ることに夢中らしい。
 アイゼンの動きは妖精の舞踏と称されているだけあって、まるで幻と踊っているようだ。うまく位置をズラし、誰がどの位置に来ても尻尾を取られないようにしている。一方、タンザはほとんど動いていない。背が大きいので届きにくいが、鈴を奪われるのは時間の問題だ。早く助けなげばならない。
「行くぞ、ボル」
「はいでヤンス」ボルサリーノの口はカラカラだ。
ーーオポポニーチェの鈴を取れなきゃアッシは殺される。この試練を乗り越えるしかないんでヤンス。
 ボルサリーノは体を伸ばして硬直させ、観念して口を大きく開けた。手を左右に動かして予行練習をする。
ーー今までだって何もなかった訳じゃない。いつも乗り越えてきたんでヤンス。そして今回もきっとうまくいくでヤンス。
 10メートル以上離れた街の防壁の影からオポポニーチェの首を狙う。首をかき切れなければ自分の首がかき切られる。ボルサリーノの口中にビンゴの指が入れられる。ボルサリーノの頭とビンゴの指を固定。このままエリクシール・ポワゾンの範囲外からボルサリーノが投げられる。槍投げの要領だ
 槍投げの世界記録は98メートル48センチ。だが、槍の重さは800グラム。いくら軽いとはいえ、ボルサリーノは27キロだ。そして槍投げと違い、正確なコントロールも必要となる。しかも、ゆっくりとはいえ的は動く。普通ならば不可能だ。
 だが、ビンゴの尋常ではない腕の力、そしてボルサリーノの軽さと丈夫さが、この常軌を逸した必殺技を生み出した。1回戦の試合の動きから計算すると、20メートルまでなら不可能ではないらしい。
ーーあのアイゼンが計算したんだ。間違いねぇ。
 ビンゴは、右手を弓のように引き絞った。指はボルサリーノの上顎にかかっている。
ーーアッシは槍。槍でヤンス。
 ボルサリーノは自分を槍だと思い込んだ。背筋を真っ直ぐに張る。両腕を胸の前に絞る。
「ボル」ビンゴは角度を決めながら話しかけた。ボルサリーノは既に覚悟が出来ている。
「お前の」
 タイミングを計る。
「命を」
 最大限に力が溜まる。
「掴めっ!」
 解放。
 ビンゴはスーパー・ヴェローチェを使用して、ボルサリーノを渾身の力で投げた。 
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