第211話 動物園 Le Zoo

文字数 1,222文字

 ジョットが去った後、他の客の中にも帰り支度を始める人が出てきた。
 どんなイベント会場でも、駐車所の大きさに比べて出口は狭い。これだけは避けられない。
 本当はみんな、表彰式まで見てから帰りたい。だが、表彰式が終われば、駐車場の車を止める位置は混み合う。
 客は金持ちが多いので、スケジュールはいつも忙しい。時間効率を考えると、それほど混み合ってはいない今が、帰りどきだ。
 会場から一番近い出口に車を寄せるため、客の執事や召使いたちが、ワイアヌエヌエ・カジノのスタッフと連絡を取り合っている。イベント終了後の名物、電話やトランシーバーによる場所の奪い合いだ。
 待合室には、サングラスと黒いスーツで身をかためた五人の集団がいる。フランス最大のマフィア、『ル・ゾォ』だ。二年前からドーラ会ランキングに参加し始め、最近はメキメキと順位を上げている一団である。
「面白かったですね、シャモー」巨体のハゲた男の老人に向かって、長髪を後ろで縛っている、モデル体型の壮年が話しかけた。ボスのウンバロールと、懐刀のパジェス。ル・ゾォの中心人物だ。
 ル・ゾォでは、メンバーを本名で呼ばない。動物の名前で呼んでいる。ウンバロールは、フタコブラクダを意味するシャモー。パジェスは、シャチに似た獰猛な動物を意味するオルカだ。
 彼らは、車が横づけできる順番を待っていた。
「私たちが極東進出する際には、ぜひとも声をかけたい人物たちだったな」ウンバロールは青い目を輝かせたまま、パジェスにたずねた。
「オルカ。もし君が今回、シエンヌ・ド・ギャルドとコックで出場したらどうだった?」
「私はBランクですし、ドーラ会上位の怪盗ですよ。愚問です」
「やはり勝てるか」
「タンザやオポポニーチェは強い。だが、相手は、私たちを視認することもできないでしょう」
「言うな」
「そうでなければ、シャモーを世界で一番高い場所へとお連れしようだなんて思えませんよ」パジェスは笑った。ウンバロールは意地悪い顔で返す。
「実は、次回のBランク戦。ザ・ゲーム委員会から打診があった。と言ったらどうする?」
「シャモーが望むのならば出場しましょう」パジェスは間髪入れずに応えた。
ーー少しはパジェスの困った顔を見ることができるかと思ったが。やはりこの男は完璧だな。
 ウンバロールは苦笑した。
「いやいや。冗談だ。こんな些事に君を出場させるはずがないだろう。君にはもっと大きなことをやってもらう。出場する暇なんて与えないぞ」
「ふふふ。私もそう思いました。目先のことに囚われない。だからこそ、私が仕えるに相応しい人物なのですよ」
「私は人ではない。シャモーだよ」ウンバロールは大きな体を揺すって大きく笑った。パジェスも上品に笑う。二人は恋人のように、ふざけた視線を絡めあわせた。 
「シャモー様。オルカ様。お車の準備が整いました」部下が呼びにきた。
「おう。それでは行こうか」
 二人は試合の感想を話しながら、楽しい気分で会場を後にした。
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