第21話 決勝戦(3) Final Round

文字数 1,639文字

 アイゼンは、一度も見せたことのない動きをする。
 膝の力を抜き、重力の力で沈む。
 こうすることで力みが生まれない。
 ゆえに動きが読まれない。
 古武術の奥義だ。
ーーミサオの能力を使い切らす。まずは86%。

 斜めに体をひねり、ミサオの懐に潜りこむ。
 剣道にはない古武道の動き。
 体験したことのない、膝よりも低く潜りこむ動き。
 さらに、ミサオの利き腕の外側に向かう。
 人の筋肉は、外側には力が働かない。
 反撃を許さない。
ーー94%。

「きえーーーーっっっ!」
 アイゼンは気勢を発す。
 ミサオの右小手を打とうとする。
 ミサオはかろうじて腕を上げて避け、頭上からアイゼンの面を狙う。
 だが、本当の狙いは小手ではない。
 アイゼンの剣尖と、ミサオのノドが、ちょうど一直線になる位置。
ーーこれで103%!

「つきゃーーーーーーっっっっっ!!!!!」
 女子剣道では禁止されている突き。
 沖田総司に憧れ、子供の頃から、練習だけは積み重ねてきた必殺技だ。
 今まで、どの大会でも、一度も使用していない。
 ゆえに、ミサオの予測には、完全に入っていない。
 剣先はミサオの腕の下をすり抜け、喉元を貫く。
 アイゼンは剣尖に、確かな重みを感じた。

ーー避けられない。
 瞬時にミサオも相打ちを狙い、反射神経だけで片手面を打ち込む。
 が、アイゼンより一瞬遅い。
 審判からは、有効打突だとは認められなかった。

 会心の突きを放ったアイゼン。
 だが、代わりに面を打たれた。
 重い一撃。
 体制が崩れれば、一本とは認められない。
 叩き潰された体を立て直す。
 そのまま前に進む。
 振り返る。
 反撃できるよう、竹刀を構える。
 風景が回る。
 脳が揺れている。
 残心どころか満心だ。
 体面を気にするアイゼンが、必死の形相。
 この一撃に、全てをかけていたのだ。
 審判の判定を待つ。

「いっぽん!!
 五人の審判のうち、四人が一斉に赤い旗をあげた。つまり、アイゼンの一本が認められたということだ。

「っっっっっ!!!!!」
「わーっっっっっっっっっっ!!!!!」
 観客の声援が爆発した。

「ワシは、ワシはこの一戦が見られて、剣士冥利に尽きる!」
 モリタの解説は興奮で震えていた。
 残り40秒。
 アイゼンコールが鳴り止まない。

ーー今日、この時間に、沙織が桐生と出会ったことが、私にとっての僥倖になった。頂点を目指す人間が初めて沙織に触れたんだ。さぞかし心を揺さぶられただろう。

 決勝前の休憩時間中、アイゼンはサオリに会いにいこうとしていた。
 だが、サオリがミサオと共に階段を降りていく姿を見た時、作戦をひとつ思いついた。そのままサオリと話をさせれば、試合にたいする集中力が削がれるはずだ、という作戦を。ミサオの動揺を1パーセントでも作り出そうとした目論見は、成功した。

 今や、アイゼンの精神は、試合場の十一メートル四方すべてを包み込んでいる。
 けれども油断はない。
 今までの人生で数々の困難を乗り越えてきたアイゼンだ。
 ここからが大変だということを知っている。

「はじめ!」
 大歓声の中、審判の合図で試合は再開された。
 残り時間は40秒。
 最初の一突きでわかる。ミサオが全力を出してきていることを。
 けれども、ミサオの力は100パーセントまでだ。それ以上の力は出せない。
 追い詰められたことがない強者の弊害だ。
 さらに、初めて追い詰められているために、動揺している。

 「気剣体」という剣道の言葉がある。心と技術と体がひとつになることだ。
 だが、ミサオはもはや、心が戻ることはない。
 焦りが焦りを呼んでいる。
ーーほら。全ての技に力が入りすぎている。私は全力を使い、ただ、かわしていくだけだ。栄光の時間は、すぐそこまで来ている。
 成功は成長を加速させる。
 アイゼンの100%は成長し、1分前の100%よりも底上げされていた。
ーーあと10秒。
 ただミサオの剣を避け、打ち落とすことだけに集中する。
 他には何も考えない。
 妖精女王は、絶対集中時間に没入していった。
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